株式会社 タス
わかりにくい不動産市場の「価値」を、誰もが見える「カタチ」にすることを目指して創設された、不動産の調査・分析などを主たる事業とする企業です。社名のタス(TAS)は、出資元であるトヨタ自動車および豊田通商株式会社(T)、朝日航洋株式会社(A)、株式会社三友システムアプレイザル(S)の頭文字。人や情報をつなげて新たな可能性を探求し、時代の“さきがけ”となるカタチを生み出すことをミッションに掲げています。
2019年7月に開催されたとあるセミナーでタス社のマーケティング部門長だった中村様と名刺交換をしたのがきっかけでした。デジタルマーケティング全般に課題があるとのことだったので、後日あらためてご挨拶を兼ねてヒアリングの機会を設定。そのタイミングでは双方で情報交換するに留まりましたが、2020年の6月、タス様から「ロゴを刷新したい」とのご連絡をいただきました。
タス社は当時、設立20周年を迎えるにあたってブランディング面に課題を感じており、約1年前に情報交換をした際、代表の松岡が話した「ブランディング基軸にしたクリエイティブ」というキーワードが頭に残っていたとのこと。そうした流れからロゴ制作のコンペ(4社)に参加することになりました。
コンペに参加するにあたり、まずは基本的な要件やロゴ刷新で実現したいことをうかがい、後日詳細をヒアリングシートに落とし込んでいきました。ヒアリングシートは、細かい要件やお客様のご要望を正しく把握したり、制作過程で認識のズレが生じるのを防いだりするための重要な資料と言えます。
ヒアリングでは、「将来的な展望もふまえて、不動産だけにとらわれたくない」「以前はコンセプト要素の少ないロゴだった」といったお話がありました。そういった点から、タス様が大事にするコンセプトやビジョンをデザインに絡め、カラーやシンボルの要素一つひとつに意味を持たせる必要があると考えました。また、お客様と当社で「ともにつくっていくイメージ」を持っていただけるように、例えば「ビルをモチーフにした」という説明で終わらせるのではなく、「なぜビルのモチーフなのか」「どんなビルをモチーフとするのか」といったところまで噛み砕いてご提案しました。
結果として、ブランディング領域における当社の事業内容や体制面から想像していた期待感とコンペで行われたプレゼンテーション内容がマッチしたことが評価され、当社がロゴ刷新を担当することになりました。「ロゴデザインを提示して終わり」ではなく、背景やコンセプトを含めた文脈の中でクリエイティブをご提案できたことが決め手となりました。
お客様からの意見や提供された情報を適切にデザインへ反映させるため、企業ロゴ制作経験が豊富な当社のアートディレクターがクリエイティブディレクションからデザインまでを統括。コロナ禍という状況もあり、オンラインミーティングやメールでのやり取りが基本でしたが、細やかな1to1のコミュニケーションによって方向性をぶらさずに問題なく進められました。
ロゴ制作の方向性を確認するためのステップです。今回は、前述のヒアリングシートが充実していたため、ある程度デザインイメージをつかんだ状態でプロジェクトに入ることができました。よって、「競合他社との差別化」を図るための情報収集ではなく、「競合他社と似たようなデザインになっていないか」「他社と比べてエンドユーザーの印象に残るデザインになっているか」を確認するための調査と位置付けました。
具体的に行ったのは、競合他社のロゴの形・字体・カラー・バランスなどの確認、公式サイトにおけるロゴの使われ方の確認など。同時に、タス様が展開している不動産評価事業への理解度を高めるための情報収集も行いました。
出典:PANTONE
顧客課題や社会問題の解決に取り組むという志の不変性、情報・データを扱う企業としての信頼感、そして人・企業・社会につながりをもたらす安心感。これらの事実に基づくイメージから、「PANTONE 19-4052 Classic Blue(クラシック・ブルー)」をコーポレートカラーに設定しました。
2020年の「カラー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた色で、ウィズコロナ、ニューノーマルの変わりゆく時代において「信頼」「信用」を創っていく企業にふさわしいと考えたのが理由です。社内の共通言語とし、コンセプトとともに社内外へ発信しやすくするために、この色を独自に「タスブルー」と命名しました。
ロゴは「シンボルマーク」と「ロゴタイプ」をそれぞれ1セットとし、英語のロゴタイプと日本語のロゴタイプに分けて制作しました。A、B、Cの3案をご提案しています(20周年ロゴについては後述)。
シンボルマークでは、T(Technology:技術)、A(Analysis:知見)、S(Statistics:信頼) という3つの柱を表現。高さを不揃いにすることで、正確な情報価値を提供する棒グラフのニュアンスを表現しました。3つの柱は高くそびえたつ高層ビルの造形と捉えることもでき、不動産業界の成長を祈念する意味合いも込めています。
英語ロゴタイプは、ロゴマークと同じく右肩上がりに飛躍していく想いを込め、「T」「L」「t」「d」にシンボルマークと同じ斜めの角度を付けたデザインを採用。躍動感を表現しました。日本語は、伝統的で落ち着きのあるゴシックのフォントを採用。ゴシック体の中では字面が小さめに設計されているため、大きなサイズで使っても「押しつけがましさ」がなく、視認性に優れているのが特長です。
情報技術を意味する「IT」から、「i」と「t」をモチーフにしたシンボルマークです。「TAS(タス)」の会社名から「足す(プラスの記号)」のイメージを連想。さまざまな課題を抱える社会の各所に“価値を足していく企業”でありたいという想いを、「+」のデザインに込めています。
英語ロゴタイプでは、TASの文字を大きく強調し、視認性を高めました。シンボルマークと組み合わせず、ロゴタイプのみでも使用できるようにバランスを持たせています。日本語ロゴタイプでは、英語版のインパクトある太ゴシックに負けないフォントを使用。にもかかわらずアウトラインが美しく、企業ロゴに適した見やすさを意識しました。
高層ビル群が朝日を浴びて輝いているイメージを用いたシンボルマークには、発展する未来や近未来的な印象を内包させました。あわせて、変化を恐れずに未来へ向かってチャレンジする姿勢を表現しています。
英語ロゴタイプでは、丸みを取ることで従前の「尖っていない印象」を払拭し、未来志向の企業イメージを持たせました。日本語では企業の「ネクストステージ」を意識し、フューチャーデザインのフォントを採用。細い字体を使うことで、感度の繊細さも表しています。
今回のプロジェクトでは、ロゴ制作を通して新たな価値を提供することが求められています。それを実現するには、お客様と当社が一緒になって課題やテーマを抽出し、そこから解決策を導き出す必要がありました。そのため、ロゴ案の選定過程においてタス様の社内でアンケートを実施。その結果、以下のようなフィードバック(一例)をいただきました。
タス様への社内アンケートを受けて、A案をブラッシュアップしていきました。いただいたフィードバックを反映し、そこからまた角度や色味など、細かい部分に手を加えた6パターンを作成。「映える感じが欲しい」「印象としては地味」といったご意見を踏まえて、シンボルマークやロゴタイプには2つ目のカラー(タスライトブルー)を追加しました。
タスブルーには「不変の価値・役割」、タスライトブルーには「新しい価値・役割」の意味を持たせました。シンボルマークは棒グラフのイメージをもとにしつつ、右軸(未来)に進んでいくにつれて値が大きくなっていく様子、そして途中から明るい青が伸びて行く様子を表現しています。斜めに角度を付けたことにより、スピード感とスタイリッシュさを演出しました。
ロゴ修正において、今回このようなパターン出しの方法を選択した理由はいくつかあります。
まず、タス様は本格的なリブランディングに取り組むのが初めてだったため、「こういったパターンはどうか」「やっぱりこっちの案も見てみたい」などと迷って決めきれなくなる可能性がありました。複数のパターンを一度にまとめて確認いただくことで、そうした迷いを減らせると考えました。
また、昨今ではスマホなどの小さいデバイスでweb情報を見ることが多く、トレンドとしては大きい文字や見やすいシンプルなロゴが選ばれる傾向にあります。しかし、だからといって初めからその選択肢を除外せず、太い文字(安心感)と細い文字(スタイリッシュさ・若さ)の違いなどを実際に認識していただくことで、よりイメージに近いものに絞っていきました。
そして、A案をベースに修正した最終形がこちらです。
「ロゴタイプだけでも印象付けできるように」というフィードバックを取り入れ、シンボルマークと同様、こちらでもタスライトブルーをアクセントとして使用しました。大化の改新の「大化」以降、「令和」の年号が248番目であることにちなんで、文字の斜め部分の角度を248°にしています。「令和の新時代に、TASは新たなロゴでスタートする」というメッセージを持たせました。
視認性の高さを維持し、かつ印象に残りやすいロゴにするため、「20」のゼロをやや上(右肩上がり)に配置しました。これから30年、40年、50年と会社の業績や社会的存在感が伸長していくように――という意味を込めています。ゼロの右下側が閉じていないのは、「会社の成長はまだ終わらない」という意味です。ただし、そのままだとバランスが良くなく、「20」の数字も視認しにくいので、「ANNIVERSARY」の文字を小さめに入れています。
ロゴ制作するにあたって、運用レギュレーションを作成しました。これはブランドの世界観や、ロゴ・カラーなどを運用する際に守るべきルールをまとめたものです。ロゴは、それ自体のバランスや配置される場所(上下左右のスペースや周囲のカラー)、加工などによって与える印象が大きく変わってしまい、最適な成果を創出しにくくなる恐れがあります。レギュレーションを固めておけばロゴ・カラーなどブランド全体が統一された状態でコミュニケーションを図れるので、適切なロゴ運用に役立つと考えました。
名刺はビジネスにおいて人と人がつながる最初のタッチポイントであり、会社のことをプレゼンできる重要な機会です。タス様では当初想定されていませんでしたが、当社ではロゴ刷新にともなって紙製品のデザインも統一すべきだと考え、ブランディングのために優先度が高いものとして名刺の制作をご案内しました。
ロゴのご提案を通して、「企業イメージを理解してくれているファングリーにそのまま依頼したい」と思っていただけていたとのこと。そのため、スムーズに制作に入れました。名刺以外のタッチポイントは優先順位の関係からいったん見送りになりましたが、継続的なコミュニケーションの中でさまざまなソリューションを随時ご提案しています。
タス様からは、「かつてここまでの品質で納品いただいたことがなく社員が喜んでおります」「貴社にお願いして本当に良かったです」「(20周年という節目を)社員の意識改革のきっかけにしてもらうという目的が叶いました」といったお言葉をいただけました。本来なら、提案や制作物の品質がどうだったのかは「成果」で判断すべきところ。ブランディングは即効性がある施策ではないので、これから時間をかけて確認していく必要がありますが、現時点では期待を上回る価値をご提供できたと考えています。
今回のご提案では「クリエイティブの説得力」を意識してきましたが、社内外に向けて伝えたい価値やメッセージを、まずは“一番の発信者”である経営者様に正しく伝えられたことがご満足につながったのかもしれません。ロゴそのものだけでなく、提案書での説明やコンペ前後のコミュニケーションなどにもこだわること。その重要性を、今回のプロジェクトで学ぶことができました。