Interview
# 22
株式会社JCG
CMO 兼 マーケティング本部長 兼 新規事業室長
豊後 祐紀(ぶんご・ゆうき)
コンテンツプロデュースカンパニーを標榜する株式会社ファングリー代表の松岡でございます。
第22話となる今回のゲストは、年間1,000超のeスポーツ大会・イベントを運営する株式会社JCGでマーケティング部門の責任者を務める豊後祐紀さんです。
近年、注目度の高まりから市場規模を拡大し続けているeスポーツ分野。しかしここまでくる過程には、新しいドメインであるがゆえの難しさもあったといいます。「eスポーツって何?」という状況から事業を軌道に乗せたマーケティング戦略の真髄と具体的な施策についてお話を伺いました。
株式会社JCG
CMO 兼 マーケティング本部長 兼 新規事業室長
豊後 祐紀(ぶんご・ゆうき)
大学卒業後にWeb広告会社へ入社。在シンガポール広告代理店を経てジョインしたDMM GAMESでは、マーケティング&アライアンスに従事。eスポーツ主催リーグ「PUBG JAPAN SERIES」のマーケティング&スポンサードマネージャーに就任する。2021年にレノボ・ジャパンへ⼊社。ゲーミングPC「Legion」のブランドマネージャーを務めた後、2023年2⽉にJCGにCMOとして参画した。同年12月より新規事業推進部の責任者を兼任している。
――eスポーツといえば、近年、さまざまな大企業が参入して話題になっています。盛り上がりは顕著ですが、とは言え業界としてはまだ黎明期だと思いますので、マーケティング戦略については試行錯誤の変遷がありそうです。今日はそのあたりを詳しく伺えればと思っています。
ありがとうございます。おっしゃるとおり、少し前までは「eスポーツって何?」という方が今以上に多く、会社としてある程度軌道に乗せるまではだいぶ苦戦してきました(笑)。
――“本丸”をお聞きする前に、豊後さんのキャリアについて簡単に教えていただけますか?
もともとゲームに興味があり、マーケ業界に行きたいと思ってソーシャルメディア関連のWeb広告会社に新卒で入社しました。その後、広告代理店を経てDMMでもマーケティングを担当し、最終的にはeスポーツ専属のマーケティング・スポンサードマネージャーを任せていただき、そこで一定の成果を残すことができました。
――eスポーツに関わったのはDMMからですか?
そうです。大会は2021年を最後に終了となってしまったのですが、大会のパートナーとしてお付き合いがあったレノボさんに声をかけていただき、JCGに入社するまでレノボ・ジャパンでゲーミングPCのブランドマネージャーを務めていました。ちなみに、JCGもDMM時代からお付き合いがあった会社です。
――ユニークなキャリアですね。現在の役割やミッションなどを教えていただけますか?
自社のマーケティング統括です。今は新規事業推進部の責任者も任せてもらっています。
――eスポーツは新しい業界だと思いますが、以前から自社に専属のマーケティング機能はあったのでしょうか?
私がジョインしたのを機にマーケティング部署が設立されたので、それまではありませんでした。JCGはファンドから出資を受けていて、そのファンドの方針で営業を強化していく流れだったのですが、うまくいかなかったようです。
eスポーツの営業って、実はすごく難しいんですよね。ゲームをビジネス活用することの有効性を商談相手に認識してもらい、「eスポーツを活用しよう」「eスポーツのスポンサーをやってみよう」と思わせる必要があるので。現場の若い担当者には興味を持ってもらえても、「ゲームってどうなの?」と思っている上司(決裁者)を説得できないと契約には至りません。だから、直接的なアプローチはなかなかうまくいかない。
――なるほどです。だから、そこからインバウンド(問い合わせ)を増やす方向に舵を切ったと。
はい。幸運にも初年度からKPIを大幅にクリアできたので、2024年度の予算もかなり増えて。2024年度に最も重視していたKPI(問い合わせ数)は、前年度比で約40%増加という結果になりました。
――2023年にセールス重視からマーケ重視へ大きく転換し、翌年にさっそく成果を出せたというのはすごいですね。JCGさんの主な営業先はBtoB企業ですか?
JCGは委託事業をメインにしているので、基本はBtoBですね。eスポーツの大会を開催したいという企業からの相談がまずあって、そこから「じゃあこういう形でやりましょう」と企画したり、イベントを運営したり、コンテンツ配信をしたりしています。
――自社内に複数のスタジオがあるなど配信環境が整っていて、ここなら何でもできそうですね。カメラやモニターがめちゃくちゃ多いのも、eスポーツならでは。
大から小までスタジオが全部で5つあり、企画制作チームや技術チームも社内にいるので、eスポーツの大会運営をすべて任せていただけるのが我々JCGの強みです。
――新しい業界で、自社にはマーケティング部門がない状態……。課題の抽出には苦労したと思いますが、何から着手したのでしょう?
参画後は、代表や取締役のファンドマネージャーから「とにかく数字を上げてほしい」と言われました。目に見える形で「成果を出した」と言えるのはもう問い合わせ(の増加)しかないだろうと考え、まずそこに着目しました。
具体的な施策として取り組んだのは、Web周りの改修と集客目的のコンテンツマーケティング(SEO対策)です。改修前は問い合わせゼロの時期が数ヶ月続いたこともありましたが、半年もしないうちに最低でも月5件は有効商談を獲得できるようになりましたね。
――SEO重視のコンテンツマーケティングで、早期にCV成果を求められるのはなかなかハードルが高いですね。キーワードのマーケットとして黎明期だったことも大きかったのかもしれません。
業界自体への注目度が高く、SEOマーケットが大きくなっているタイミングだったことに加えて、競合がそこまでSEO対策に注力していなかったのも大きかったと思います。
――狙いたいキーワード群が、あまり対策されていなかったと。
そうですね。競合に比べて施策の実行が早かったので、CVに近い主要なキーワードを押さえることができました。JCGの記事が比較的短期間で検索結果のトップに上がってきたのは、それが功を奏したからのかなと。
――問い合わせはどんな内容が多いのですか?
以前は、「eスポーツって何?」といった質問が多かったですね。当時は詳しく解説しているサイトがなかったので、「企業にこういう形で利用されている」という説明記事が人気だった印象です。そういったコンテンツを増やした結果、「記事を見て問い合わせました」「こういうことはできませんか?」という内容が増えていきました。
――世間の注目度や市場の拡大に合わせてナーチャリングコンテンツを展開した結果、理想的な成果を獲得できるようになったわけですね。
2023年の9月には日本テレビ放送網の子会社になり、テレビ業界からの資本も入ってくることになりました。これも一つ大きな後押しになったと言えるかもしれません。
――記事制作や分析などの施策は専門のパートナー企業と連携して取り組んだのですか?
すべて社内で行いました。「eスポーツ×大会」など思い浮かぶキーワードをもとに、1ヶ月に6~7本のペースで記事を作っていったんです。で、ある程度制作が進んだタイミングでツールを導入し、キーワードマップを参考にしながら派生記事を作って親記事にドッキングさせていくという流れで進めました。あとは、アンケート作成ツールを使って、ユーザーにクイズを出すといったコンテンツにも取り組んでいます。
――先ほど営業先はBtoB企業というお話がありましたが、メインターゲットはゲームパブリッシャーでしょうか?
はい。ゲームパブリッシャーがメインですが、従業員のエンゲージ向上や求職者への訴求を目的とした非パブリッシャーもいます。というのも、最近では「eスポーツ×●●」といったように、eスポーツと何か別のテーマの掛け合わせによって新しい価値を生み出す流れができているからです。
――具体的に、どのようなケースがありますか?
例えば、教育をテーマにした若い年代向けのeスポーツ。ここでは専門学科を立ち上げている教育機関や専門学校などがターゲットに含まれ、実際に授業をしたり教材を作ったりということも行っています。普通の学校でも、「インターンで学ばせてもらえないか」といった相談をいただく機会が増えていますね。
あとは、退職して「趣味がない」「友達がいない」といったシニア層に向けて、ゲームを通してやりがいを届けるような取り組みとか。
――なるほど、eスポーツをツールとして、自社の事業価値や採用の訴求力を高めるための提案をしているわけですね。
「自社の魅力をアップしたい」という企業に対して、eスポーツコンテンツを提供することもあります。とても面白いなと思ったのが、成田国際空港の事例です。成田は首都圏の都市部からだいぶ離れたところにあるので、立地的な弱点が大きく、そこで働きたい人が少ないという課題がありました。Z世代のグランドスタッフからは、「休み時間や仕事終わりにやることがない」といった声もあったそうです。
そこで、空港で働くことのモチベーションを高めるためにeスポーツが導入されました。具体的には、ANAやJAL、警備会社、貨物会社などの成田国際空港を職場とする各事業者を集めて、企業対抗戦を実施することにしたんです。この施策は広報にも使えるので各社にメリットが多く、採り入れやすかったのかもしれません。「あの会社には負けたくない!」というライバル心から、大会は非常に白熱しているそうです。
――SEO以外にうまくいっているマーケティング施策はありますか?
TikTokですね。最初は、BtoBの非パブリッシャー向けに魅力を伝えるコンテンツとして始めました。実際に見てくれたのはゲームパブリッシャーの方々だったのですが、結果として業界内認知を高めるのに役立っています。
――TikTokからリードにつながることもあるんですか?
直接つながったことはほとんどないですね。そもそも、「eスポーツ人口」と「ゲーム人口」ってちょっと違うんです。eスポーツに関心があるのは、ゲームユーザーの中でもコアユーザーとミドルユーザー。eスポーツ側としては、ここに含まれないライトユーザーをどうミドル層に引き上げて視聴してもらえるかが勝負だと思っています。
――BtoC向けのコンテンツマーケティング施策としてはYouTubeが強そうですが、自社コンテンツとして大会を配信することはあるのでしょうか?
社内向けにはやっています。先日も、麻雀大会を非公開チャンネルで配信しました。一方、ファネルごとの施策はこれからといった感じですね。BtoCの場合はそもそも問い合わせ数がKPIになるのもおかしいんじゃないか、という話を経営陣とはしていて。今は「広告換算価値」を指標にし、「PV数はこれくらい出します」「エンゲージメントは何%に上げます」といったアプローチをしています。
――いいですね、経営サイドでそういう議論をするのは大事ですよね。この先のマーケティング戦略ではどういったビジョンを掲げているのですか?
eスポーツ分野で一番マーケティングに強い企業になりたいと考えています。現状、BtoBでは第一想起を取れつつあるものの、BtoCでは競合に比べてアプローチが弱いのでそこが課題ですね。
クオリティが高い大会の運営については、評判がマーケティングに直結します。いい大会をどんどん実現させて、コアユーザー・ミドルユーザーからの信頼を獲得しなければならない。そういった考え方から、当社でも広報の役割を新設しました。プレスリリースの配信など、ユーザーに向けて積極的に活動を報告していくスタイルでマーケティングにつなげていこうと思っています。
――最近はネームバリューのある個人をきっかけに企業の露出やブランディングを図るケースも多いですが、そういった影響力を利用した戦略は検討されていますか?
考えてはいますが、具体策はこれからですね。対談企画などは、キャスティング次第でユーザーの信頼を高めるチャンスになると思います。
今の若いゲームユーザーって、デジタルネイティブで感度が非常に高いんですよ。なので、「代表が語る●●」のように、こちらから一方的に情報を出して受け取ってもらおうと思ってもあまりうまくいかない。それよりは、プロプレイヤーやインフルエンサーなどに客観的に語ってもらうほうがいいかもしれません。
――「eスポーツ分野で一番マーケティングに強い企業」を目指すにあたって、具体的に実現したいことは何ですか?
eスポーツの地位を上げることでしょうか。現在、eスポーツについて学んでいる人は数万人はいると言われていて、プロプレイヤーやストリーマー(配信者)としてその道に進みたい人も増えていますが、親世代に理解がないため諦めるケースもあるようです。それって、とてももったいないですよね。「eスポーツでこんなことが学べるんだ」と納得してもらえるようなサービスの提供を通して、そんな状況を変えていきたいと思っています。
それともう一つ、eスポーツ全体を盛り上げていくにはプレイヤーが輝ける場所が必要です。当社の代表もストリーマー(配信者)をしていましたが、「こうなりたい」と憧れられるプレイヤーやストリーマーを増やすことは商業的な成功につながります。どんどん伸びてはいるものの、eスポーツ業界ってまだ「みんなが食べていけるような状態」ではないんですよね。なので、プレイヤー目線の運営によってそこまで持っていくことが理想です。
――eスポーツの国際大会では、驚くほど高額な賞金がもらえるケースもあると聞きました。これからは日本も国際的な動きにも絡んでいくのでしょうか?
当社の代表が日本eスポーツ連合の国際委員長を務めています。国際大会関係は日本eスポーツ連合が仲介したり、興行主・パブリッシャーが主導してやっていく感じですね。他国と比べると業界としてもまだまだこれからといった感覚です。
――これからは私たちのような中小企業がeスポーツを活用する未来もあるのでしょうか?
もちろんありますよ! eスポーツ部やサークルを立ち上げている企業も結構ありますから。それだけで採用のエントリー数や現スタッフのエンゲージが変わったりするので、ぜひ検討してみてください(笑)。
──eスポーツは新しい業界だからこそ可能性も苦労も大きいと思います。これからマーケットがさらに変化していく中、豊後さんがどのようなマーケティング戦略で業界を動かしていくのか注目しています。本日はありがとうございました!
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