Interview
# 36
マール株式会社
代表取締役
村井 智建(むらい・ともたけ)
コンテンツプロデュースカンパニーとして、企業のコンテンツマーケティングやブランディング活動を伴走支援する株式会社ファングリーの代表・松岡でございます。
【コンテンツ界隈ここだけの話】第36話となる今回は、AppBank株式会社の創業者であり、YouTube黎明期から動画クリエイターとして絶大な人気を誇る「マックスむらい」こと、マール株式会社の代表取締役・村井智建さんをゲストにお招きします。
IT業界の第一線で長年活躍されてきた村井さんは今、原宿を拠点にどら焼き専門店『YURINAN -ゆうりんあん-』を展開し、「食」の領域で新たな挑戦を続けています。自身の知名度に頼らないブランド構築、そして「どら焼きはメディアである」と定義する独自のIPコラボ戦略など、その視点は非常にユニークかつ本質的です。
今回のインタビューでは、AppBank社からのMBOによる独立の経緯から、インバウンド需要を取り込む店舗運営のリアル、そして年商50億円を見据える世界展開のビジョンまで、詳しくお聞きしました。
マール株式会社
代表取締役
村井 智建(むらい・ともたけ)
2008年、iPhone3GSの発売後に、いち早くスマホアプリ紹介に特化したメディア「AppBank(アップバンク)」を開設。2012年の法人化を経て、AppBank株式会社の代表取締役CEOに就任。「マックスむらい」の名で、パズドラ(パズル&ドラゴンズ)やモンスト(モンスターストライク)といったソーシャルゲームの実況動画などでも活躍した。現在はマール株式会社にて、どら焼き専門店『YURINAN -ゆうりんあん-』を運営。

──本日はよろしくお願いします。先ほどまで村井さんが、「最近プライベートでAIにハマってる」と熱弁されていたので、今日は「AIメインの話になるのかな……!」と若干身構えております(笑)。
あはは、個人的にはAIが大好きでプライベートではいじり倒してますけど、事業に関しては1ミリも使っていないんですよ(笑)。今日お話ししたいのはITと対極にある、小麦粉や米粉、小豆や「あんこ」についてです。
──いわば「iPhoneの伝道師」だったマックスむらいが、なぜ竹下通りのど真ん中でどら焼きを売っているのか。まずは、AppBankを去り、独立に至るまでの劇的な転身についてお聞かせください。
「AppBank」は2008年、日本でiPhone 3GSが発売された年にスタートしたメディアで、そこから約17年間にわたり携わってきました。2012年に法人化し、2015年には上場も果たしましたが、私は上場の半年前に一度社長のポストを退き、その後、2020年に経営再建のために再び社長に復帰したという経緯があります。
ただ、会社をリビルドしていく中で、新たな経営陣や資本を受け入れる必要がありました。その過程で、2024年3月に再び社長を辞任することに……。そこから最後の1年間は、AppBankに「正社員」として入社し直して働いていたんです(笑)。そして、2025年3月末をもって正式に退職――という流れになります。
──創業者が一度社長を辞任し、正社員として入り直すというのは異例ですね。どのような意図があったのですか?
経営責任とは別に、一人のプレイヤーとして、会社の再建における責務を全うしたかったという思いがありました。現在私が代表を務めるマール株式会社で運営している『YURINAN -ゆうりんあん-』は、もともとAppBankの新規事業として2021年に立ち上げたものなんです。
しかし、飲食事業とIT事業は、事業成長のリズムやスピード感が全く異なります。AppBankが経営再建を目指す過程で、事業縮小含め様々な議論が出ました。そんな中、私の方から事業の買取を相談し、この事業を切り出したほうが良いという結論に至りました。私が事業を買い取る形(MBO)で2025年3月に完全に独立したんです。なので、マールとAppBankに資本関係はありません。
──なるほど。ITというスケーラビリティのある事業から、飲食という労働集約ビジネスにあえて移行されたんでしょうか。そもそも、なぜ「和菓子」だったのでしょう?
私はお菓子全般をそこまでよく食べるわけではなく、和菓子マニアというわけでもなくて。動機としては、「持続可能な商品をゼロから作りたい」という思いと、以前から抱いていた「地名を冠したお土産を作りたい」という夢が大きかったですね。
──「地名を冠したお土産」ですか。
ええ。例えば東京なら「東京ばな奈」、浜松なら「うなぎパイ」、北海道なら「白い恋人」というように、その土地の名前を思い浮かべられる商品は50年、100年と続くブランドになり得ます。私は20年以上前から、そういった「永続性のあるブランド」を作りたいと考えていました。
20年ほど前、AppBankを鎌倉で創業したときも、「鎌倉といえば鳩サブレー。でも、なぜ羊羹ではないんだろう?関東でも有数の古都であんこの商品がないのはよくない!」と思っていて、ITメディアだけでなく羊羹も作りたかったくらいで(笑)。その夢の延長線上に、今のどら焼き事業があります。

──マックスむらいさんといえば、YouTuberとしての圧倒的な発信力が武器です。しかし、『YURINAN -ゆうりんあん-』の事業経営では、ご自身のお名前を前面に出していませんよね?その意図はどこにあるのでしょうか。
はい。2020年にAppBankの社長に復帰した際、実は、会社の中期目標で「脱・マックスむらい」を掲げていました。一人のインフルエンサーに依存した上場企業経営はしたくなかったからです。インフルエンサービジネスというのは浮き沈みが激しい。有名になったインフルエンサーは出口を求めて、そのとき流行っているアパレルや飲食の事業をやりがちですが、私はその対極にある、100年、200年と歴史が続く永続性のある『伝統産業』に挑戦したかった。そこで選んだのが「和菓子」でした。
──「出口戦略」ではなく、「100年ブランド」への挑戦だったわけですね。
仰る通りです。もちろん「むらいのどら焼き」とか「むらドラ」とか今風のネーミングにすれば、瞬間的には売れるかもしれません。でも、それはやりたくなかった。『YURINAN -ゆうりんあん-』の公式サイトにも私の顔は一切出していませんし、完全に切り分けて商品そのものの力でブランドを作りたかったんです。
――とはいえ、和菓子業界は老舗がひしめくレッドオーシャンであり、かなり厳しい市場環境だと推測しますが。
私の体感ですが、日本の和菓子市場は縮小していると思います。最大の理由は「作り手がいない」こと。一方、海外では和菓子人気が非常に高まっていて、市場は伸びています。
そもそも、和菓子ビジネスって構造的にめちゃくちゃ厳しいんですよ。 多くの和菓子は賞味期限が「当日中」なので、基本的に在庫を持てません。「ロスを出さないこと」が鉄則になるんです。製造の手間はものすごくかかるのに、価格は洋菓子のような高単価での販売は難しいです。原価率が65〜75%なんてケースが割と一般的です。
──その「無理ゲー」を、どうやって攻略しようと考えたのですか?
日本の飲食業界って、単価が異様に安いじゃないですか。それは、「飲食の世界を支える人たちの絶え間ない努力や自己犠牲のようなものが文化を支えている」という側面があるからだと思っています。 そんな厳しい業界に後発で入るわけですから、普通にやっていたらもちろん存続すらできません。だからこそ、従来の努力に加え、従来の和菓子屋の常識を覆す戦略が必要だと考えました。
――そこで目をつけたのが、「どら焼き」だったと。
私は「どら焼きはメディアであり、プラットフォームである」と定義しています。伝統的な和菓子であるどら焼きの皮はキャンバスであり、あんこはもちろんあんこの代わりに挟める美味しい食材は無限大。だったら、ここに日本のアニメやキャラクター、エンターテインメントなどを掛け合わせれば、世界で戦える強力なコンテンツになると確信したんです。
──なるほど。その「コンテンツ」としての価値を最大化させるための仕掛けが、あの特徴的なビジュアルなのですね。
そうです。通常のどら焼きは、中身が見えませんからね。フィリング(具材)を主役にしているあの特徴的なアイキャッチが、『YURINAN -ゆうりんあん-』のブランド価値の9割を占めていると言っても過言ではありません!
ハンバーガーのように厚みがある商品をどう見せるか。世界中のどら焼き屋をリサーチした結果、上の皮を90度立てて、中のフィリング(具材)を完全に見せるような撮り方をしている店はどこにもありませんでした。

『YURINAN 原宿本店』では、グランドメニューとして32種類のどら焼きを提供(常設のメニューほか、季節によって変わるメニューもあり)
カメラマンには「和菓子ではなく、ショートケーキを撮るつもりで撮影してほしい」と頼みました。和菓子として撮るとどうしても「侘び寂び」や「平置き」の世界になってしまいますが、そうではなく、洋菓子のようなシズル感とボリューム感を出したかった。このビジュアルに変えた途端、売上が2.5倍になったんです。この勝算があったからこそ、独立してでもこの事業をやろうと決断できました。あの写真が撮れていなかったら、AppBankを辞めるタイミングで事業ごと畳んでいたかもしれませんね。

──『YURINAN -ゆうりんあん-』は竹下通りに店舗を構えています。先日たまたま原宿の竹下通りにいく機会があったんですが、もはやインバウンドの聖地ですね。
そうですね。現在の売上の6〜7割はインバウンドのお客様です。外から見るとうちは「コラボカフェ」のように見えると思うのですが、実はIPコラボ商品としての売上は3割程度となっています。インバウンドの方々は、有名なキャラクター商品と日本の和体験である抹茶の商品を並べると、「抹茶」を選ばれる方がなんだかんだで多いです。「今食べるべきもの」として、日本らしさを求めているんですね。
原宿の竹下通りは今、アニメ、ドラマ、ハイブランドが混在するカオスな街になっています。賃貸料も非常に高く、大手チェーンしか入れないような状況です。そんな中で、私たちはテイクアウト専門のスタンド形式で、回転率を高める運営を徹底しています。
──IPコラボの交渉も村井さん自らが行っていると伺いました。
これまで100以上のコラボを実施してきましたが、コラボ先の選定や交渉は全て私が一人で行っています。ここで初めて「マックスむらい」という名前の信用が生きてくるんです。 「『YURINAN -ゆうりんあん-』代表の村井です」と言ってもなかなか通じませんが、「マックスむらいです」と電話をすれば、大企業の代表電話からでも責任者につないでもらえることが多いですし、メールの署名にその名前があるだけで返信率がアップしたりします。
──コラボ相手を選ぶ基準などはあるのでしょうか?
コロナ禍では大型IPとのコラボも実施しましたが、あまりに人が殺到しすぎて警察沙汰一歩手前になったり、コラボ終了後の反動減が大きかったりして、店舗運営としてはリスクもありました。なので、最近はコラボ相手を厳選しています。原宿の竹下通りという立地上、キャパシティには限界があります。
現在は、長く安定的に愛されるキャラクター、例えばサンリオさんのようなIPを重視していますね。一過性の爆発力よりも、ブランドとして長く愛されることのほうが重要だと考えています。


『YURINAN はなれ “ YURINAN Collaboration Store”』で提供しているサンリオコラボのどら焼き
──村井さんが考える「ブランド作りの心意気」や「これだけは絶対大事にすべき信念」のようなものがあれば教えていただけますか?
私は成功しているビジネスに「再現性」はないと思っているんです。たまたま連続して成功する人もいますが、それは運の要素も強い。ただ、その上でひとつだけ強く言いたいのは、「SNSを過信して調子に乗らない」ということです(笑)。
飲食業界ではよく見ますが、「オープン初日に行列ができる店」は短命に終わることが多い傾向にあります。SNSでの一過性の「バズり」を狙うインフルエンサーマーケティングは、ある種の「麻薬」のようなもので、リピーターの獲得にはつながりにくいんです。
──「麻薬」とは強烈な言葉ですが、本質的ですね。耳が痛いマーケターも多そうです(笑)。長く続くブランドを作るためには何が必要なのでしょうか?
現場で働いているスタッフを大切にすることですね。適当な商売をして、SNSで一瞬バズらせて、半年で潰して「損したね」で終わるような経営は罪だと思うんです。私は、竹下通りに訪れる観光客の皆様にいかに店舗を目に止めてもらい来店してもらえるかにフォーカスし、アイキャッチを何度もやり直すみたいな泥臭いアナログな店作りを重視しています。もちろん何より「商品をしっかり作り込むこと」は一番欠かせないことだと考えて商品開発には一番工数を割いています。
実際、あの世界的大スターであるブルーノ・マーズさんが来店してInstagramに上げてくれたことがありましたが、あれは仕込みでも何でもなく、彼がたまたま来て商品を本当に気に入ってくれた結果。商品力さえあれば、世界は勝手に見つけてくれるんです。
──ブルーノ・マーズがオーガニックに来店。それはすごいですね。
スタッフも私も、彼が店に来て食べている間は誰も気づかなかったんですよ(笑)。後でインスタを見て「えっ、来てたの!?」と大騒ぎになりました。リール動画に一瞬映り込んでいただけなんですが、その後はお客さんからも「彼はどのメニューを食べたんですか?」と聞かれることも多くて。動画から彼が何を食べていたのかを必死に解析しました。「色味的に、これは……岩塩バターだ!」みたいな(笑)。そういう、本質的な商品力でお客様を呼ぶファン作りを目指しています。
──まさにどら焼きという商品がメディアとして機能した瞬間ですね。最後に、2026年以降の展望についてお聞かせください。
大きく分けて三つの柱があります。 ひとつ目は「通販の強化」。店舗の売上はキャパシティ的に限界があるので、AIなどを活用してECを伸ばしたいと考えています。どら焼きの32種類のメニューを使った「神経衰弱ゲーム」をAIで作って、クリアしたらクーポンを配布するとか、そういったデジタルの施策も準備中です。
二つ目は「海外展開」。昨年5月にアメリカにジョイントベンチャーで法人を作りました。アメリカだけで100店舗、これが目標です。「日本のIP×和菓子」という強みを活かし、現地の運営チームと共に世界へ打って出ます。「DORAYAKI」という言葉が、「SUSHI(寿司)」のように世界で通じる未来を作りたいですね。
そして三つ目が、ブランドの基地である原宿店を守りつつ、広域で集客する「催事・ポップアップ」の全国展開です。


2026年2月14日(土)まで、渋谷スクランブルスクエアで開催中のバレンタインイベント「SHIBUYA CHOCOLATE QUEST」にて「チョコどら焼き」を販売中
──その先に掲げるのが、「どら焼きで年商50億円」という目標ですね。
常識的に考えれば無理だと言われる数字です。うなぎパイ単体で約40億円ぐらい?白い恋人が約400億円??のように言われていますから、単一商品でその規模を目指すのは並大抵のことではありません。でも、誰も考えていないからこそチャンスがあるんです。実は事業化する前、知人の経営者など5人くらいに「どら焼きでこういうことをやりたい」と1時間くらいプレゼンしたことがあるんです。そのとき、全員が「ワクワクする!」と言ってくれました。
ほとんどの人は、人生で1分たりとも真剣にどら焼きのビジネスモデルについて考えることなんてないじゃないですか(笑)。誰も深く考えていない領域だからこそ、私の戦略を聞いて「どら焼きってそんなに面白いのか!」「何か化けるかもしれないぞ!」と可能性を感じてくれたんだと思います。
──たしかに、どら焼きについて真剣に考えたことはないです(笑)
老舗の和菓子屋さんは歴史の重みがある分、「変わらないこと」に価値がありますが、新参者の私たちは32種類ものメニューを展開したり、季節で入れ替えたり、IPコラボを展開したりと、タブーを恐れずに挑戦できるという強みがあります。誰もやっていないからこそ、「うなぎパイ」や「白い恋人」のような100年続くブランドとお土産を作る夢に向けて、これからも泥臭くやっていきたいですね!
──ITのスピード感を誰よりも知る村井さんだからこそ到達した、アナログな和菓子業界での逆張りの勝機。そのドライな分析と、相反するような熱い野望が非常に印象的でした。本気の事業家としての挑戦に今後も注目していきたいです。本日はありがとうございました!

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