Interview
# 7
ノアド株式会社
代表取締役
浦野 大輔(うらの・だいすけ)
コンテンツプロデュースカンパニーを標榜する株式会社ファングリーの松岡でございます。「コンテンツ界隈ここだけ話」、第7話のゲストは映画プロデューサーで、国際映画祭などで審査員を務めた経験を持つノアド株式会社の代表・浦野大輔さんです!
広告、マーケティング、ブランディング、コミュニケーション、エンターテインメントなど、あらゆる領域からプロデュースを手掛けている浦野さん。その仕事観やクリエイターのあり方・育て方、そして「ワクワクするモノづくり」の本質についてお話を伺いました。
ノアド株式会社
代表取締役
浦野 大輔(うらの・だいすけ)
1981年、東京都青梅市生まれ。ノアド株式会社の代表取締役で、フィルミネーション株式会社の取締役を務める。映像プロダクションに所属した後、クロックワークス、角川グループ、吉本興業で映画宣伝やクリエイティブプロデュースに関わり、2015年にノアド株式会社を設立。沖縄国際映画祭や京都国際映画祭などでプログラミングディレクターや審査員を務め、地方創生プロモーションを手掛けた経験を持つ。
──本日はインタビューのお時間をいただきありがとうございます!
こちらこそありがとうございます!どんな取材になるのか楽しみです。本日はよろしくお願いいたします。
──実は以前、ノアドさんには、ドラマ仕立ての動画を制作した時にシナリオでご協力いただいたことがありました。
ありましたね。確か、霊園か何かの。
──あらためてになりますが、簡単に浦野さんご自身のキャリアについて教えていただけますか?
僕の社会人のキャリアは、「映画を作りたい!」という思いとともに始まりました。いわゆるクリエイティブというものに、強い憧れがあったんですよね。でも、昔は映画を作ることに対する敷居が今以上に高くて。大手広告代理店やテレビ局の力が強かった2004年当時、大学卒業と同時に「いったん就職はしよう」と思って映像プロダクションに入社しました。
──その当時の映像制作会社はどんな感じだったのでしょうか?
いや……いろいろと厳しかったですよ。その会社は特に社長と僕の2人しかいなかったですし、給与も当初提示されていた額の半分でした(笑)。
──まさに、絵に描いたような……ブラックさ(笑)。
当時は映画業界に入ること自体が難しかったので、入社できたことに嬉しさはありましたが、複雑な気持ちでしたね。入社初日に、社長から「ウチの会社には仕事がないから、お前を商品として派遣することから始めるぞ」と言われるような状況でした。
──新入社員としては、だいぶハードな船出でしたね。
その後、7社ほど映像制作会社に派遣され、いろんな現場を経験しました。「クリエイティブで食べていくことって何だろう」と考え始めたのはこの頃で、「自分の存在価値が何なのか」を考える癖がついたのもこの時期だったと思います。
当時の社長には「何年働いても、経験や知識が増えても、人間力という商品価値はあまり変わらない」と言われました。でも、理想と現実のギャップを埋められるのは経験と知識です。その経験と知識がなかった頃は、「現場で何か疑問が見つかったらその場ではとりあえず分かっているふりをして、裏で社長に電話をして指示を仰ぐ」といったプレーをしていました。まあ、それが成り立つ現場と成り立たない現場はありましたけどね(笑)。
──なかなかアクロバティックなプレーですね(笑)。経験が乏しい中、遠隔で社長にマネジメントされながら現場でうまく立ち回るという。
はい。ただそのおかげで、自分という商品が市場に出たときにどういう資産を持っておくべきなのかを知ることができました。そこで初めて、社長が「お前を商品として派遣する」と言った意味が分かった気がします。それと、働いている中で自分も「新卒者がたどるルート」に陥っているのに気付いた点も大きな学びでした。
──と、言いますと?
新卒入社の社員は先輩たちが組んだレールに乗り、その中で少しずつできることを増やしていく、というステップを踏みますよね。でも、そのレールは「うまく社会に組み込まれるための枠組み」でしかないんです。そこから外れたところに本質があることを、僕は比較的早いタイミングで気付けました。
──なるほど。その視点は、入社してすぐに気付けるものなのでしょうか?
例えば、業務に関係する会議があったとします。そこに「ただ参加するだけ」では気付けないかもしれません。しかし、「周りの人が自分をどのように見ているのか」を意識してみると、会議への向き合い方が変わってきます。僕はそこで信頼されるような態度を取ること、つまり「期待に値する意見を出すこと」が重要だと分かったんです。「当たり前を当たり前と思わない」と考え方が身に付くと、物事の本質が見えてきますよね。
──それを社長が教えてくれたんですね。
はい。今もその精神性がベースになっています。ただ、クリエイティブの壁の高さにも気付いたので、映画制作におけるスキルアップを見据えて転職を決意しました。
──転職先ではどのような仕事を?
転職先は映画の予告編を制作するプロダクションで、その道の「巨匠」が経営している会社でした。映画の予告編には、いろいろな作り方があります。例えば、映画を宣伝するプロデューサーにウケるよう、恋愛系の話でも少しサスペンスっぽくするとか。
──高度な専門性やノウハウが求められる世界。
映画の予告編は集客を重視した打ち出し方が主流ですが、そこの社長はちょっと違いました。予告編自体をひとつの「アート」として捉えていたんです。監督が作品の中で伝えたかった「本質」の部分を無視することなく、予告だけで視聴者の感情を突き動かすようなノウハウを持っていました。「オーストラリアに関する作品の予告編を作るなら、まずオーストラリアについて熟知しろ」と言われたこともあります。要は、小手先でコンテンツの本質を理解しようとするな、ということですね。
──映画の予告編を制作するプロダクションで働いていた浦野さんが、どのような経緯でノアド株式会社を設立したのでしょうか?
その後、いわゆる事業会社で働いたりもしたのですが、映像のクリエイティブ性を追求すればするほど「クリエイティブとビジネスとの相関性って何だろう」と思うことが増えていって。そして、「クリエイターって実はものすごく日陰の存在なんだな」とも感じていました。こういったモヤモヤもあって、クリエイターが持っているものを事業資産として昇華させ、ビジネスにするための会社を設立しようと考えたんです。
──クリエイティブの価値を高めていこうと。
おっしゃる通りで、それはいつも思っています。たとえば、映画界隈だと「アカデミー賞」の権威や影響ってすごいじゃないですか。あの映画賞は1927年に創設されていますが、アメリカでは約100年も前からクリエイティブの価値が埋もれないように、そこに関わっている人たちを守ろうとするムーブメントがあったんです。それを思うと、なんだかうらやましいですよね。
──アメリカと日本を比べると、そこは間違いなくギャップがありますよね。そこで設立した新会社、「ノアド」という社名にはどんな由来があるのでしょうか?
「ノアド」は「ノーアドレス(no address)」という意味です。どこにも定住しない遊牧民的なイメージで、自分のスタンスや考え方、価値観などを常に疑い、野生のように生きていかないとより良いクリエイティブ、より良いビジネスは実現できない――というメッセージを社名に込めました。
──なるほど。設立は2015年ですね。
ちなみに、会社を設立する前は人数の少ないプロダクションにいて、プロジェクションマッピングをやっていたんです。
――確かにその頃、プロジェクションマッピングのイベントが各地でもてはやされていたような。
2012年あたりからイベントプロデュースなどが積極的に行われるようになったと思います。プロジェクションマッピングはツールが開発されたことで一気に飛躍したマーケットなんですが、ツールの登場からブームになるまでには少しタイムラグがありました。つまり、ツールの登場とはまた違う「きっかけ」があったんです。
──何が変わったのでしょうか?
それを考えたとき、「『プロジェクションマッピング』とネーミングしたこと」で価値が生まれたのではないかと思い至りました。つまり、アイデンティティの誕生ですね。いくら優れたクリエイティブでも、世間一般に認知してもらえなければ正しいプライスタグは付きません。だからこそ、クリエイティブが認められるには「市民権」を得ることが重要なんです。
──「市民権」を得るために、浦野さんはどんな活動を?
「プロジェクションマッピングジャーニー」というイベントを開催しました。空間全体をプロデュースするというコンセプトで、エイベックスさんとコラボしたんです。エイベックスさんに所属するアイドルとダブルネームでの開催でしたが、そこでクリエイティブの価値がひとつ上がった感覚がありましたね。
──ブランド化していくスケール感を肌で感じられたのは大きいですね。
「クリエイティブはラベリングすればブランド化できる」というのが大きな気付きでした。
――ノアドさんはイベントの企画・プロデュースや演出、映像制作などを主力事業としていますが、どういったクライアントが多いのでしょうか?
一番多いのは、エンターテインメント領域に携わっている企業です。アミューズメント系、音楽系、芸能プロダクションなど各方面からオファーをいただいています。そういった多様なコンテンツを持っている方たちの事業を、さらにスケールアップするためのコンテンツを企画・制作するというケースが多いですね。
──競合は多いですか?少ないですか?
少ないですね。企業系の広告やCMコンテンツの制作を事業にしている会社は多いのですが、エンタメ系事業のコンテンツ制作会社はそれほど多くないんです。なので、選ばれやすいという側面はあると思います。
――なるほど。クリエイターである社員のマネジメントではどのようなことを意識していますか?
すべてのクリエイターが、自身の商品価値につながる資産としてクリエイティブを持っていてくれたらと思っています。社員には、モチベーションを高めるために個展をやったり映画を作ったりもしていいと伝えています。
──クリエイター個人の裁量を尊重している形なんですね。
スキルがあればいいものを作ることはできますが、それだけではビジネスにつながりません。重要なのは「売上を作る」という考え方を持ちながら、クリエイターとしての勝負が求められる土俵に身を置くこと。マネジメントとしては、そこにトライさせようとしている感じですね。個人の活動を通して自身の資産価値を上げていくことがクリエイターにとっては重要です。とはいえ、実際にアクションを起こせる人ってなかなか少ないんですけど。
──代表自らが体現しているというのはすごく重要だと思います。
そうですね。僕はここ10年くらい、それを会社の事業としてやってきました。自社で作った映画は2本あるのですが、いろいろなしがらみもあるので海外市場を意識した作品を配給しています。
──海外にも配給しているんですね。
売上で言えば、日本より海外のほうが多いくらいです。日本の映画業界の監督って、実はすごく地位が低くて。例えば、日本でたくさん興行収入を上げた作品でさえ海外ではほとんど知られていません。その一方で、日本で知名度があまり高くない映画が海外では人気、ということもあるんです。
僕にはクリエイターの価値を上げたいという目標があるので、海外で評価されることを期待して映画を作ります。製作委員会みたいなところから資金を引っ張ってこようとすると、演技があまりうまくないキャストを出す必要があったりもするので、割と“自前”に近いような感じですが。
――海外での評価がプライスタグに直結するとなると、制作する映画が海外を意識したものになっていくのは理解できます。
僕は海外での評価が映画監督の価値を決めると思っていて、海外市場で作品の魅力が評価される未来を野望として持っています(笑)。これはあくまで僕の考え方ですが、映画監督の地位向上を図っていくなら市場にこういった新しい価値観を投下していかないと。そのためには、「まずクリエイター主導でやっていくこと」が大事だと思っています。
――「クリエイティブで食べていくこと」をずっと意識してきた、浦野さんらしい考え方と言えるかもしれませんね。すごく大事な発想。
ちなみに僕、独立した際に半年ぐらいずっと飛び込み営業をしていたんです。今もつながっているクライアントに当時受け入れてくれた理由を聞いたら、「今どき飛び込みっていうのが珍しかったから」と言っていました(笑)。そのとき分かったのは、実績がなくても選んでもらえるんだということ。面白いことをしていると、「一緒に何かやってみたい」と考える人もいるんですよね。
――最近ではクリエイティブにもAIなどが深く関わるようになりましたが、テクノロジーの向き合い方についてはどうお考えですか?
技術的な部分でいうと、「何ができるか(できないか)」にとらわれ過ぎると企画がブレていくと思います。「何ができるか」をある程度理解しつつ、「何が面白いか」という視点で企画を立て、そこから逆算して「これをやるためにこんな技術が欲しい」と考えるほうが本質的というか、話が早い気もしますね。「何をやったら楽しいか」が先にあり、そこに技術が追いつくほうが面白いと思うんです。iPhoneが良い例ですよね。
――何ができるかより何をやったら面白いか。AIの進化とともに、より重要になっていく考え方ですね。
映像に限らず、テクノロジーの進化に合わせてクリエイティブなコンテンツを作る人は年々増えてきています。TikTokだって、面白ければ5年後、10年後も残り続けるはずです。でも、本当にそうなるかは分からない。だから今は、クリエイティブの良し悪しが選別される時期なのかなとも思っています。
――「クリエイティブに適切なプライスタグがつかない」というのは、映画業界に限った話ではありません。優れたクリエイティブによって、お金を払う側ももらう側も幸せになるビジネス構造を考えていくことはとても重要だと、お話を聞いてあらためて思いました。浦野さんが監督を務める映画やノアドさんから今後羽ばたいていくクリエイターの皆さんにも注目したいです。本日はありがとうございました!
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