Interview
# 34
サンスターグループ
マーケティング統括部 デジタル戦略部長
四ノ宮 昇(しのみや・のぼる)
コンテンツプロデュースカンパニーとして、企業のコンテンツマーケティングやブランディング活動を伴走支援する株式会社ファングリーの代表・松岡でございます。
【コンテンツ界隈ここだけの話】第34話となる今回は、オーラルケア市場において圧倒的なプレゼンスを誇るサンスターグループのデジタル戦略を統括するキーマン・四ノ宮昇さんをゲストにお招きします。
老舗メーカーとして長年「お口の健康」を支えてきた同社は今、デジタル領域で大きな変革期を迎えているといいます。一般消費者向けと医療従事者向けの2つのコミュニティプラットフォーム運営、CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)を活用したデータドリブンマーケティングの実装、そしてAI技術の取り込み施策にも着手しています。
今回のインタビューでは、その戦略の裏側やマーケティングの現場が直面する課題感について詳しくお聞きしました。
サンスターグループ
マーケティング統括部 デジタル戦略部長
四ノ宮 昇(しのみや・のぼる)
1999年神戸大学大学院修了後、システムエンジニアとしてキャリアをスタート。2004年よりオムロンヘルスケアで研究開発や新規事業開発に従事。2024年サンスター入社、デジタルヘルス事業開発を担当し、2025年よりデジタル戦略部部長として事業成長を牽引。

────近年は「お口の健康と全身の健康との関連性」が注目され、ヘルスケア業界全体のトレンドも大きく変化していると感じています。サンスターといえば「G・U・M」や「Ora2」などのオーラルケア商品でおなじみですが、昨今のトレンドの変化はマーケティング戦略にどのような影響を与えていますか?
おっしゃる通り、近年は「お口は全身の健康の入り口である」という認識が広まり、一般消費者の健康に対する価値観も大きく変化しています。そのトレンドを踏まえ、私たちのマーケティングも「オーラルケア単体」の価値訴求から、「全身の健康をサポートするヘルスケアブランド」へと視点を広げています。象徴的な変化として、現在のサンスターオンラインショップではハブラシやハミガキだけでなく、青汁や野菜飲料、ファスティングサポート食品といった、機能性表示食品やヘルスケア製品の販売にも力を入れているんです。

――個人的にファスティングサポート食品はとても興味があるので、あとでチェックしてみます。四ノ宮さんは、研究開発職のご出身でありながら、マーケティングの要職に就かれたという異色の経歴をお持ちだそうですね?
そうなんです。私の経歴は少し変わっていまして。サンスターに入社したのは2024年10月で、それ以前は医療機器メーカーで研究開発などの仕事をしていました。ただ、研究を続ける中で技術開発だけでなく、もっと「お客様に近い場所」で直接価値をお届けしたいという思いが強くなりまして。そうした事業やマーケティングの前線で貢献できるフィールドを求めて、ご縁のあったサンスターに入社しました。「人々の健康に役立ちたい」という軸は今も変わりませんが、アプローチする立ち位置を変えた形ですね。
──技術や研究のバックグラウンドを持つ方が、デジタルマーケティングやコミュニティ運営のトップに立たれるというのは珍しい気がしますが、ある意味で理にかなっているとも思います。現在はどのような領域を管掌しているのでしょうか?
大きく分けて、三つの柱があります。ひとつ目は、本日メインでお話しする「プラットフォーム事業」です。一般消費者向けの『クラブサンスター』と、医療従事者向けの『クラブサンスタープロ』という2つの会員制コミュニティを運営しています。
二つ目は、CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)を活用したデータドリブンマーケティングの推進。当社の顧客接点で得られる行動データを統合して、生活者のニーズや行動インサイトを捉えることで、より精緻なコミュニケーション戦略につなげていく重要な領域です。
そして三つ目が、私がサンスターに入社した当初のミッションでもある「デジタルヘルス」の新規事業開発です。これらを横断的に見ながら、デジタル接点を通じた顧客体験の向上に取り組んでいます。
──まずはプラットフォーム事業について深掘りさせてください。一般消費者向けの『クラブサンスター』は10年近く続いていると伺いましたが、現在どのような規模感で運営しているのでしょうか?
『クラブサンスター』は2016年に立ち上げられ、来年で10周年を迎えるコミュニティサイトです。現在の会員数は数十万人規模になります。

目的は大きく二つあります。まずはお客様に製品の情報だけでなく「健康に関する情報」そのものを提供し、健康になっていただくこと。もちろん、サンスターの製品が生活者の健康行動に役立つ存在として選ばれるという文脈が前提となります。もうひとつは、会員とのインタラクション(交流)を通じて定性的・定量的なデータを収集し、それを顧客理解に生かしていくことです。
──数十万人というのは、メーカー直営のコミュニティとしてはかなり大規模ですね。健康コラムや製品情報などのコンテンツは会員にならなくても閲覧できるようですが、あえて会員登録をするメリットや、会員と非会員のコンテンツの切り分けはどのように設計されていますか?
おっしゃる通り、記事コンテンツ自体は、会員登録をしなくても閲覧いただけるようになっています。これらのコンテンツには「健康情報を広く届けたい」という社会的意義もありますから。生活者の健康価値を底上げするためには、参入障壁をできるだけ低くし、誰でも情報にアクセスできることが重要だと考えています。
一方、会員登録をしていただいた方には、「インタラクション(双方向性)」と「インセンティブ」を提供しています。
――具体的にはどのような価値を提供しているのでしょうか。
具体的には、会員になると記事に対して「いいね」を押したり「コメント」を投稿したりといったアクションが可能になります。また、コミュニティ内の活動に応じて「クラブサンスターポイント」というコミュニティ上で使用できるポイントが貯まります。それを使ってプレゼントキャンペーンに応募したり、限定イベントに参加したりできるんです。
――より深い体験価値を提供するための、基本的なコミュニティ設計ですね。
はい。会員数自体は多いのですが、「登録はしたけれど使っていない」という休眠状態の方や、「キャンペーンのときだけアクセスする」という方もいらっしゃいます。当社としてはアクティブな会員をもっと増やしていきたいので、来年度のKPIにおいては単なる新規獲得会員数ではなく、「アクティブ会員数」や「アクティブ率」を最重要視していこうと考えています。
──アクティブ化のため、具体的にどのような施策を打たれているのでしょうか?
今年からとくに力を入れているのが、「体験型コンテンツ」の強化です。これまでもクラブサンスターポイントを使ってコミュニティ内でクジを引き、抽選でハブラシなどの製品が当たるといった施策はありました。ですが、お客様からは「単に製品が当たるだけでなく、もっと参加して楽しめる『体験』がほしい」という声を多くいただいていたんです。そこで、ポイントを使って参加できる「オンライン歯みがき教室コース」と「サンスター山梨工場の見学コース」が始まりました。
──歯みがき教室は、オーラルケアメーカーのサンスターならではの専門性が発揮されそうな体験設計ですね。
はい。サンスターには社内の専門家として歯科衛生士が多数在籍しているんです。そうした専門家の知見を活かした実践的な学びの場を提供できている点は大きな特徴になっています。例えば、過去に子どものお口ケアをテーマにした講座が開催されるなど、生活者の関心に寄り添ったテーマで体験教室を開催し、会員からも好評を得ています。
――工場見学はどのような内容で実施していますか?
実際に工場へ足を運んでいただき、工場長による案内で「人とロボットが協働する最先端のモノづくり」を間近で見てもらい、さらにはデンタルリンスを使い比べ体験をしてもらいました。こうした体験を通じて、「実際に試してみて、より自分にぴったりの商品を見つけられた」「洗口液・デンタルリンス・液体ハミガキの違いを知ることができた」という感想をいただいており、実践的な学びの場を提供できていると思います。

──もうひとつの目的として挙げていた「データを獲得して顧客理解に活用していく」という点では、実際にどのような取り組みをされていますか?
これまでもコミュニティ上の行動履歴や閲覧データなどはデータ化して顧客インサイトの理解に役立ててきましたが、単なる「見た」「読んだ」というログだけでなく、生活者が自ら意思を示すような能動的なアクションデータにより価値があると考えています。
そうしたアクションデータの活用の一環として、2024年5月に投票・コメントできる参加型コーナー『クラブサンスターカフェ』がオープンしました。

────「カフェ」という響きだけで、ユーザーとの心理的な距離がぐっと縮まりますね。リラックスした状態じゃないと出てこない、定性的な「本音」を引き出そうというコミュニケーション設計のこだわりを感じます。
実は『クラブサンスターカフェ』というコーナー名は、会員さんの投票で決定いたしました。「ひとりでもみんなとでも、好きなタイミングで来て楽しめる。まるでカフェのようなコーナーになっていくように。」という思いを込めています。ガチガチのマーケティング調査アンケートではなく、もっとカジュアルに、カフェでおしゃべりするような感覚で気軽に参加していただける場を作りたくて。例えば「指巻フロスを使っていますか?」という問いに対して、「今使ってるよ!」「使ってみたいなぁ」「今は使う予定はないかなぁ」といった感情に寄り添った選択肢から投票してもらうんです。そうすると、「使いたいけど使っていない」と回答した層の中から「痛そうで怖い」「使うのが難しそう」といったコメントがぽろっと出てくるんですね。
── なるほど。一般的な調査アンケートだとユーザーも「正解」を探してつい身構えてしまいますが、カジュアルな「投票」というアクションを挟むことで、本音を漏らしやすい空気が生まれるわけですね。
そうなんです。こうしたリアルなVOC(顧客の声)は、私たちにとって製品開発やコンテンツ作りのヒントになる非常に重要な情報です。会員にも楽しんでいただきつつ、私たちもインサイトを得られるような、双方がメリットを感じられる場として育てていきたいですね。

──医療従事者向けの『クラブサンスタープロ』についても教えてください。先ほどの一般消費者向けとは異なり、こちらは専門性が高くターゲットも限定されたニッチな領域です。
そうですね。こちらは2021年に立ち上げ、今年で4年目になります。会員数は数万人で、一番多いのは歯科衛生士、次いで歯科医師や歯科系の学生です。歯科医療従事者をターゲットにしたコミュニティとしては決して少なくない規模だと思っています。

──当然、一般消費者向けとはコミュニケーションの作法も全く異なるはずですが、こちらのコミュニティにはどのような特徴があるのでしょうか?
最大の特徴は、会員の「熱量」がものすごく高いことです。これは正直、我々が何か特別なことをしたからというよりは、ベースにある「良い医療を提供したい」「そのために新しい情報を得たい」という想いによるものです。そして、サンスターが歯科の中でもとくに「予防医療」や「科学的根拠」に熱心に取り組んでいる姿勢に対して、共感していただいているからだと理解しています。
──共感からくる熱量なんですね。その高い意欲に応えるために、どのようなコンテンツ戦略を組んでいるのでしょうか?
実務に直結する専門的なコンテンツの充実を図っています。例えば、最新の学術情報、「歯周病患者への提案力UPのコツ」などをテーマにした実践セミナー動画、ダウンロードして使える指導用ツール、そしてサンスター商品のサンプル・販促ツールなどを展開しています。ちなみに、基本的なニュースや一部のコンテンツは、非会員の方でもご覧いただけます。
──実務に直結するコンテンツだからこそ、登録する明確なインセンティブになるわけですね。運営していく中で見えてきた課題などはありましたか?
実は今年、会員へのデプスインタビュー調査を実施したのですが、そこで反省点が見つかったんです。メルマガの開封率なども非常に高く、しっかり見ていただいているのですが、実際にお話を伺った際に「コンテンツがメーカー視点になりすぎている」というご指摘をいただきまして……。
──メーカーとしてはどうしても「製品の良さ」を伝えたくなってしまいがちですよね。BtoBやBtoDマーケティングで陥りがちな罠です。
そうなんです……。私たちはつい新製品の「機能」や「スペック」を伝えたがってしまう。ですが、当然ながら会員の皆さんが本当に欲しいのは、「診療でどう使えるのか」「この製品を患者さんにどう説明すれば伝わるのか」といった現場目線の情報なんです。
────どんな業界でも同じだと思いますが、機能よりベネフィット(便益)や「現場でどう役に立つか」という再現性が重要視されていますよね。
その通りです。なので、単なる情報提供ではなく、プロの皆さんの仕事を助ける「実務支援」の視点を意識しています。サンスターは大学との共同研究なども多く行っているので、そういった学術データを噛み砕いて提供したり、当社で行っている菌の研究データをアカデミア側に提供したりといった取り組みをしているんです。
――明日の診療ですぐに使える「武器」として、専門データを翻訳して渡してあげる工夫こそ、『クラブサンスタープロ』の会員にとっての大きな価値になりますね。
ありがとうございます。あとは、一般向けの『クラブサンスター』とプロ向けの『クラブサンスタープロ』の連携も進めています。両方のプラットフォームを持っていることは我々の強みですから。
──BtoCとBtoD、両方のプラットフォームを持つ企業ならではの強みですね。具体的にはどのような連携(シナジー)を生み出しているのですか?
先日、一般向けの『クラブサンスター』の会員から「歯科医院に行くときのお悩み」を募集し、それを『クラブサンスタープロ』の会員に投げかけて答えていただくという企画を行いました。「どんな服装で行けば良いの?」「先生にこんなこと言っても大丈夫?」といった素朴な悩みに対して、プロの皆さんから回答を募ったんです。
──患者の「生の声」を直接プロに届けた反応はいかがでしたか?
それが本当に熱心に、温かいコメントを返してくださったんです。「怖がらずに来てくださいね」「モヤモヤや不安は我慢せず相談してね」と。画面の向こうの顔も知らない患者さんに向けて真摯に向き合ってくださる姿に、私たちも感動しました!こうして両方のコミュニティの声をつなげることで、新しい価値や製品開発のヒントが生まれてくると信じています。

──昨今はクッキーレスなどの影響で「ファーストパーティーデータ(自社で収集したデータ)」の重要性が叫ばれています。メーカーという立場で考えると、小売店を経由して販売されるケースが多く、購買データを持つのが難しいという構造的な課題もありそうですが、CDPの活用はどう進められているのでしょうか。
おっしゃる通りです。CDPに関しては3〜4年前から取り組んでいますが、これまでは『クラブサンスター』や自社オンラインショップなどのファーストパーティーデータだけでは、顧客理解を深めるのが難しいという課題がありました。そこで今年、大規模なセカンドパーティーデータ(パートナーなどの他社が収集したデータ)を統合しました。リテール(小売)での購買行動も含めて分析できる環境を整えたのがひとつ。もうひとつは、データ分析専用のAI活用です。
──なるほど。自社データと外部データを統合しながらデータの解像度を高めていると。そこにAIを組み合わせているのは、やはりデータ量が膨大になるからでしょうか?
おっしゃる通りです。膨大なデータから人間が手作業でインサイトを抽出するのは時間もかかりますし、限界があるので……。現在はAIを導入して、ブランドチームと一緒に分析を進めているところです。
――具体的には、どのような活用イメージを持たれていますか?
まずはデジタル広告などのコミュニケーション領域からですね。クリエイティブやターゲティングの最適化に活用していきます。将来的には、そこから得られたインサイトを製品開発にもつなげていきたいです。
──最後に、四ノ宮さんが管掌されている3本柱の3つ目、新規事業について教えてください。
「デジタルヘルス」の領域で、顧客とのデジタル接点での体験価値を広げていこうとしています。すでに公開しているものでは、株式会社Doctorbookというスタートアップと連携してサービス提供している『スマイルスキャン』という歯みがきの習慣化アプリがあります。現在、健保組合や健康経営に取り組む企業などで導入いただいているものです。

──アプリ上で歯みがき習慣をサポートしていくアプリですね。
はい。デジタルだけでなく、従来のビジネスとの接点をシームレスにつなぎ、ユーザーにより良い体験を提供していくことが目的です。デジタルヘルスの領域では、既存の競合他社に比べて後発になる部分もあります。ですが、サンスターが持つ「科学的根拠にもとづく製品づくり」というブランドへの信頼感や既存の強いチャネルを活かせば、独自の勝ち筋が見えてくると考えています。
──全体を通してお話を伺っていると、デジタル活用によって「顧客理解」を徹底的に深めようとする姿勢が印象的でした。
ありがとうございます。こうした取り組みを成功させるポイントは「顧客理解」に尽きると思いますが、その言葉が指す解像度(粒度)は以前よりもはるかに細かくなっている感覚があります。多様化する価値観の中で、AIやデータを駆使して深いインサイトを掴み、それを製品やコミュニケーションに落とし込んでいく――。そのサイクルを回していくことが、これからのマーケティングには不可欠だと感じています。
──おっしゃる通りですね。インサイトの深掘りと、それを形にするスピード感。その両立が求められています。 最後に、今後の展開として構想されていることはありますか?
実は来年、クラブサンスターが10周年を迎えるにあたり、他社のコミュニティサイトとのコラボ企画ができればと考えているところです。お口の健康とも親和性の高い企業がいらっしゃれば、ぜひご一緒したいですね。お互いの顧客にとってメリットがあり、楽しめるような企画を実現できればと思っています。
──数十万人の会員基盤を持つコミュニティと、専門性の高いプロ向けコミュニティの両輪を回しながら、CDPとAIで「顧客理解」の解像度を高めようとするサンスターの変革。サンスターという歴史ある企業が、デジタルを活用して、本気でトランスフォーメーションしようとしている熱量を感じました。来年のクラブサンスター10周年に向けたコラボレーション展開にも注目したいと思います。本日はありがとうございました!
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