Interview
# 38
江崎グリコ株式会社
デジタル推進部長
武子 弘司(たけし・こうじ)
コンテンツプロデュースカンパニーとして、企業のコンテンツマーケティングやブランディング活動を伴走支援する株式会社ファングリーの代表・松岡でございます。
「コンテンツ界隈ここだけの話」第38話のゲストは、創業100年を超える国民的な食品メーカー、江崎グリコ株式会社のデジタル推進部長を務める武子弘司さんです。
武子さんが前職時代から20年以上にわたり積み上げてきたデジタルの知見は、2026年4月に控えるGlicoブランドのファンサイト『with Glico』の大規模リニューアルにどう活かされるのか――。江崎グリコが目指す「テクノロジー」と「人同士の温もり」の融合について、詳しく伺いました。
江崎グリコ株式会社
デジタル推進部長
武子 弘司(たけし・こうじ)
1993年に入社した花王で営業や商品開発、CRMなどのマーケティング全般を経験し、先端技術戦略室部長などを歴任。2005年からデジタル施策の牽引役を担う。2019年に江崎グリコへ入社し、2022年12月より現職。ITエンジニアやデータサイエンティストを含む50名超の内製組織を率いる。現在は、2026年4月予定のファンサイト『with Glico』の大規模刷新や、顧客との双方向対話を重視するインタラクティブ・ブランド構想の実現を目指している。

――武子さんは前職の花王で約26年間、ナショナルクライアントのマーケティングを牽引されてきましたが、2005年にはすでにデジタル施策を手掛けていたと伺いました。
はい、2005年頃はまだデジタルマーケティングという言葉も一般的ではなく、「ネットビジネス」なんて呼ばれていました(笑)。確かにその時期からネットを使った顧客サービスを考えていましたね。ただ、そのきっかけは「新しいものが好きだから」といった好奇心からのものではなく、実はマーケターとして直面した絶体絶命の窮地から生まれたものだったんです。
――大手のマーケ担当が直面する窮地……。やはり予算の壁でしょうか?
その通りです。当時、私はアレルギー対応商品のブランドを担当していたのですが、会社として新規の大型商品を発売することになり、全広告予算がそちらに集中してしまいました。結果、私の担当ブランドの広告費は大幅削減になったんです。当然、テレビCMはおろか、大々的な雑誌広告も打てない。それでもブランドを維持し、売上を立てなければならないという状況に追い込まれました。
――なかなかの無理難題ですね(笑)それが武子さんの「デジタルへの目覚め」につながったのでしょうか?
ええ、振り返ってみるとそうかもしれませんね。広告費が少ない中で顧客にリーチする手段を必死に探した結果、当時普及し始めていたmixiなどのSNSやさまざまなコミュニティサイトに目をつけました。それらの中で、「子のアレルギー」という深い悩みを持つ親御さんたちが情報を求めていたんです。メーカーからの一方的な広告展開のアプローチではなく、一般消費者の方々が悩みを相談し合い、解決策を共有できる場をオンライン上に作ろうと。
――今で言う「コミュニティマーケティング」や「コンテンツマーケティング」の先駆けですね。具体的にどうやって熱量を高めていったんですか?
オフラインとオンラインの融合を徹底しました。まず座談会などを開いて生の声を直接拾い上げ、それをオンラインでコンテンツ化し、「有益な情報」として還元していきました。
――なるほど。メーカーが伝えたい情報を提供するのではなく、ユーザーの切実な悩みを起点にコンテンツを生成していったわけですね。
はい。実は当時、アレルギー対策においては薬の服用だけでなく、住環境の整備や掃除といった生活習慣の改善が重要だと言われていました。しかし、診察時間の限られたお医者様が、患者さん一人ひとりに掃除の仕方まで細かく指導するのは非常に困難だったんです。
そこでメーカーである我々が、専門家のアドバイスやエビデンスに基づいた具体的なケア方法を、コミュニティを通じて丁寧に発信し続けました。その結果、病院の先生から「診察室で伝えきれない部分を代弁してくれて助かる」「有益な情報を発信してくれてありがとう」という感謝の手紙が届くほど反響があったんです。
このとき、「データや根拠をベースにしつつ、顧客とダイレクトに対話し、コンテンツをわかりやすく発信することこそがデジタルの真髄だ」と確信しました。画面の向こう側にいる一人の人間の悩みと向き合い、それに応える。これが私のデジタルの原点であり、現在の江崎グリコでの取り組みにもつながっています。

――武子さんは26年間勤め上げた場所を離れ、2019年に江崎グリコへ転身されました。なかなか珍しいキャリアパターンですよね。
ええ、珍しいと思いますね。以前から「食を通じた健康」に強い興味があったんです。挑戦。前職でも健康関連のカテゴリーには携わっていましたが、人間にとって「食べる」という行為は、生命維持だけでなく喜びの根源でもありますよね。キャリアの集大成として、「食」という領域でデジタルの力をどう役立てるかにチャレンジしたかったんです。
――転職に踏み切る直接的な出来事はあったのですか?
実は、2017年に母を亡くしたことが大きな転機でした。母の死に直面したとき、あらためて「健康」や「食」の重みを痛感したんです。人生の次のステージに進むなら、多くの人の幸せに直結する「食」の領域で、自分が培ってきたデジタルの知見をぶつけてみたい。そう考えていた矢先、江崎グリコの「おいしさと健康」という理念に出会い、ここならデジタルを使って新しい価値が作れると確信したんです。
――なんというか、強烈な原体験があったわけですね。現在、デジタル推進部長として50〜60名の組織を束ねていらっしゃいますが、武子さんの入社当時、デジタル推進部という組織はすでにあったのでしょうか?
いいえ。デジタル推進部はまだなく、各部署にデジタル担当が点在しているような状態でした。Glicoが目指す「おいしさと健康」を今の時代に即した形で実現するには、組織のあり方から変える必要があると考え、2022年12月に現在の「デジタル推進部」を発足させたんです。
――デジタル推進部内には、具体的にどのような職種の方がいるのですか?
大きく分けて4タイプの専門家が在籍しています。中長期の戦略を描くビジネスデザイナー、CRMや日々の施策を回して売上を支えるデジタルマーケター、アプリやインフラに直接かかわるITエンジニア、そしてAI活用や高度なデータ分析を専門とするデータサイエンティストです。この異なる専門性を持つメンバーが、ひとつの目標に向かって横串で動いています。
――戦略を立てる人、施策を回す人、実際にコードを書く人、データを解析する人が同じチームで、同じ熱量で議論しているわけですね。開発や分析をパートナー企業に外部委託せず、あえて重い固定費(人件費)を抱えながら内製化に踏み切ったのでしょうか?
最大の理由は、「文脈の共有」と「スピード」です。以前は外部ベンダーに委託していた時期もありましたが、ベンダーとの伝言ゲームをしている間に、顧客の気持ちや熱量がどうしても削ぎ落とされてしまうんです。
実は2020年、コミュニティサイト『with Glico』を立ち上げた直後の8月、システムトラブルをさせてしまった苦い経験があります。そのとき、自分たちでシステム構造をすべて理解し、目利きができる人間が中にいなければ、ファンの体験を守れないと痛感しました。
――システム関連のブラックボックス化ですね。耳が痛い話です。
今では、日々の追加開発やUXの改善は部内のエンジニアたちが担っていて、自身が作った機能がファンにどう評価されているかをサイト上で直接確認し、翌日には改善を反映しています。このサイクルを自分たちの手の中で回すことこそが、Glicoの「おもてなし」をデジタルで実現するための絶対条件でもあったんです。

――前段が長くなりましたが、今日の本題について聞かせてください。2026年4月、会員コミュニティ『with Glico』の大規模リニューアルが控えているそうですね。
はい。単なるプラットフォームのデザイン変更ではなく、サイトの存在意義そのものを再定義する、ブランド構想の要となるプロジェクトです。

リニューアル前の『with Glico』TOPページ
――これまでの『with Glico』は、いわゆる「アンケートに答えてポイントを貯め、ポイントに応じた景品をもらう」という内容が多く存在し、いわゆるファンサイト形式でしたが、これがどう変わるのでしょうか?
分かりやすく言うと、ポイントというインセンティブを主眼に置いた一方通行のモデルからの卒業です。リニューアル後の最大のコンセプトは、対話(インタラクティブ)。これまではメーカーとユーザーが1対1、いわば「報酬」を介してつながっている状態でした。しかし、新サイトではユーザー同士、さらにはユーザーと時には江崎グリコの社員が、立場を超えてつながるコミュニティへと進化させます。
――メーカーの社員が直接コミュニティに入るというのはとても面白いですね。
だからこそ、デジタルの利便性とアナログの「おもてなし」の融合が必要なんです。例えば、江崎グリコの工場見学施設「グリコピア」を訪れたユーザーが、その興奮冷めやらぬままサイトに感想を投稿する。そこに工場の館長が直接コメントを返す、というような体験をイメージしています。言うなれば、デジタルの裏側にある「人の温もり」を感じられる交流体験の設計です。どこまで実現できるかチャレンジですね。
――Glicoファンにとってはたまらない体験価値ですね。「ポッキーが好き」と呟いたら、開発担当者から反応が来るかもしれないという。
まさにその通りです。ほかにも、例えば「ポッキーとビスコ、どっちが好き?」といったファン投票をリアルタイム集計で見せたり、その熱量を可視化して次の商品企画のヒントにしたり。
ブランドがメッセージを一方的に落とすのではなく、ユーザーと一緒にブランドの価値を上げていく。with Glicoはそんな「インタラクティブ・ブランド」として、Glicoの「プロダクトブランド」を支える役割でもあります。

――武子さんの考えるDXは単なる効率化や自動化ではなく、非常に人間くさくて、温もりのあるものだと感じます。ちなみにAI活用についてはどうお考えですか?
AIは非常に強力なツールです。我々のチームにもデータサイエンティストがいて、高度分析、AI活用も始めております。でも、業務を効率化して工数を減らすためだけにAIを使うのは、あまりにもったいないと思っていて。私たちが目指しているのは、「人間同士の対話を、AIやテクノロジーでどう加速させ、深めるか」という視点です。
――人間同士の対話を加速させる、ですか。そこが本質ですよね。
例えば数万人のユーザーがコミュニティで発言しているとして、その中から本当に切実な悩みや、素晴らしいアイデアを人間の力だけですべて拾い上げるのはほぼ不可能です。そこをAIがサポートし、社員が返信すべき優先度を整理したり、ユーザーの感情の動きを可視化したりする。最終的に言葉を交わすのは人間であっても、その出会いや深耕はAIが支える――。これこそが、AI時代の正しいテクノロジーの使い方だと思っています。
――そのような思想があるからこそ、次世代の育成にも力を入れていらっしゃるんですね。
はい。今、私がもっとも関心があるのは「次世代のデジタル人財をどう育てるか」です。Glicoがスポンサーを続けている「アプリ甲子園」に挑戦する中高生たちは、デジタルを単なる効率化のツールではなく、誰かを幸せにするためのお役立ちの手段として使おうとしています。彼らのような純粋な発想を持つ人財こそ、これからの日本のデジタルを面白くしていくと考えています。
――内製の開発チームが「単なるシステム開発工場」に陥らないためのマネジメントの工夫は、どうされているんですか?
デジタル推進部のメンバーには、よく「Glicoらしいデジタルの姿とは何か」を問いかけ、議論を重ねるようにしています。これには、テクノロジーを追うこと自体を目的にしてはいけない、という戒めも込められています。
私たちが辿り着いたひとつの確信は、100年以上続くメーカーが大切にしてきた安心感や温もりを、デジタルという無機質になりがちな空間でもしっかりと感じていただくこと。その想いを具現化し、私たちの覚悟を形にする大きな一歩が、4月に控えた『with Glico』のリニューアルなんです。
――インフラがどれほど高度化しても、最終的な目的は「顧客との相思相愛」から一切ブレていない。ある意味、非常に泥臭い生存戦略ですね。
そう言っていただけると嬉しいです。結局、マーケティングって「究極のおせっかい」だと思うんです(笑)。このおせっかいが喜ばれるためには、相手を深く知らなきゃいけないし、対話しなきゃいけない。そのためのツールが今はデジタルなのであって、これを使い倒さない手はありません。
――「おせっかいのスケール化」、非常に本質的なお話でした。『with Glico』リニューアルで、Glicoの社員からどんな「おせっかい」なコメントが返ってくるか、いちユーザーとして私も自慢できる日を楽しみにしています(笑)
ぜひ、自慢してください(笑)。ファンの方々と一緒に、双方向のつながりから生まれる新しいブランドのあり方を形にしていければと思っています。
──デジタルの真髄は「効率」ではなく対話の「スケールと深化」にあるというお話、非常に腹落ちしました。AI全盛の今、江崎グリコが仕掛ける「温もり」のデジタル実装は、日本のマーケティングにおける一つの到達点になるかもしれないと素直に感じています。来月に迫ったリニューアルと、100年企業の進化に今後も注目したいです。本日はありがとうございました!

・コミュニティサイト「with Glico」:https://with.glico.com/
※4/7(火)10:00~ 4/8(水)13:00 はサイトメンテナンス期間となります。
ご利用がいただけませんのであらかじめご了承ください。
※新サイトのオープンは 4/8(水)13:00 以降を予定しております。
・グリコダイレクトショップ:https://shop.glico.com/
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