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Interview

# 40

イケベは「楽器」だけを売らない。体験価値に賭けた老舗楽器店のブランディング戦略

株式会社池部楽器店

代表取締役社長

田中 義章(たなか・よしあき)

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コンテンツプロデュースカンパニーとして、企業のコンテンツマーケティングやブランディング活動を伴走支援する株式会社ファングリーの代表・松岡でございます。

「コンテンツ界隈ここだけの話」、第40話のゲストは、2025年7月18日に創業50周年を迎えた老舗の楽器販売店、株式会社池部楽器店の代表を務める田中義章さんです。

「楽器を知らない門外漢」として池部楽器店での舵取りを任された直後にパンデミックが発生し、店舗の売上が激減するという窮地に立たされながら、どのように経営再建を図ったのか――。デジタルシフトとパーパス経営を断行し、わずか数年で老舗企業を音楽体験プラットフォームへと進化させた経営手腕に迫ります。

田中 義章(たなか・よしあき)

株式会社池部楽器店

代表取締役社長

田中 義章(たなか・よしあき)

コニカ株式会社(現コニカミノルタ)の生産技術研究所、松下電器産業株式会社(現パナソニック)の情報企画部や情報技術研究部などを経て、2019年7月から取締役社長室長として株式会社池部楽器店へ入社。同年10月より現職を務める。「衆知を集める経営」を実践し、エンターテインメントと楽器小売を融合した次世代型楽器ストア「イケシブ(IKEBE SHIBUYA)」の開業、「カナデルチカラプロジェクト」の発足、サブスクサービス「Ikebe PRIME」のローンチなど、さまざまな取り組み・ブランド戦略を実行している。

「世界の果て」でのビジネス体験との不思議な共通点

――田中さんは2019年に池部楽器店へ入社されるまで、製造業の技術者、戦略コンサルファーム、外資系ネットベンチャーやソーシャルビジネスの経営者など、異業種でさまざまなポジションを経験されています。その経験は、現在の経営スタイルにどのようにつながっていますか?

池部楽器店に来る前は中南米の衣料や雑貨を扱う会社で代表を務めており、その前はコールセンター業界で外資系ファンドと連携し、事業再生に携わっていました。ところが、そのファンドの手法は企業価値の最大化と後の売却を強く志向したものだったのです。結果として、現場では人員削減が進みました。創出された利益の多くがファンド側に帰属する構造となっていたことから、その実態も間近で見てきました。この時から、「働く人が報われる経営とは何か」を強く意識するようになったのです。

――ハードシングスが、現在の池部楽器店の経営方針にもつながっているのですね。

家庭においては知的障害のある息子を育てる中で、親として社会の厳しさや、障害のある子が自立していくことの難しさを痛感してきたことも影響しています。この経験から、「どうすれば社会的弱者が幸せになれるのか」という課題を、寄付や施しではなくビジネスとして解決する手法に関心を持つようになりました。

そこで出会ったのが、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏の「ソーシャルビジネス」という概念です。バングラデシュで銀行を立ち上げ、貧しい人々に小口融資を行うことで自立を支援したという取り組みに触れ、「ビジネスの力で社会を変える」という考え方に強く惹かれましたね。そうした思想を実践している中南米系の衣料雑貨を製造販売する会社と出会い、池部楽器店に来る前はその会社で経営に携わっていました。

――その企業へは、当初から社長として入られたのですか?

いえ、最初は経営企画室長として入社しました。その後ほどなくして決算のタイミングを迎えたものの、そこで経営上の課題が明らかになり、事業の立て直しが必要な状況になりました。その流れで、私が社長を引き受けることになったのです。

――かなり困難な状況ですよね。それでも引き受けようと思えた理由はどこにあったのでしょうか。

当時はボリビアやペルー、グアテマラといった中南米の村々を訪れ、伝統的な刺繍や編み物を手がけるシングルマザーの方々に適正な対価を支払いながら、彼女たちの生活や文化を支えるという仕事をしていました。ランドクルーザーで標高5,000メートルの高地まで8時間かけて向かい、高山病の薬を飲みながら現地の方々と交流する。そんな過酷な環境でしたが、そうした中で自分たちの仕事が誰かの笑顔につながっていると実感できたので、とてもやりがいのある経験でした。

――でも、その時間は長く続かなかった。

おっしゃる通りです。親会社の経営状況が変化したこともあり、事業は国内の投資会社へ譲渡されることになりました。その後、方針の見直しが進む中で、中南米での取り組みについても再検討が求められるようになりました。そうした過程で自分の考えとの違和感が次第に大きくなっていき、最終的に退くことを決めました。

――そこから、どのような経緯で池部楽器店へとつながったのですか?

縁をつないでくれたのは、あるエグゼクティブサーチチームでした。正直なところ、当時はイケベのことを詳しく知らなくて(笑)。「渋谷にある大きな楽器屋さん」程度の認識でしたが、詳しく調べていくうちに前職との不思議な共通点に気づきました。

中南米の刺繍や編み物は、マヤ文明・アステカ文明などをルーツとする伝統文化で、すべてが手作りです。一方で楽器、特にギターは、どれだけ機械化が進んでも最終的には職人の手が加わる、いわば「究極のハンドクラフト」だと感じました。

また、色彩の共通点にも驚きました。ギターの美しい塗装や表情豊かなデザインを目にした瞬間、中南米の明るくカラフルな織物を見た時に感じたあの“ワクワク感”が、ふとよみがえってきたんです。

――共感につながるような共通点がいくつもあったわけですね。

当時の池部楽器店は、創業者の急逝により経営体制の再構築が求められている時期でした。また資金面においても厳しい局面を迎えており、組織を立て直すための経営人材が求められていたという背景もあります。私は製造業出身で「ものづくり」が大好きですし、小売業のビジネスモデルにも携わってきました。そうした経験を活かし、この環境であれば再び情熱を持って取り組めると感じて入社を決めました。

社内の「見えない壁」を壊した、ECシフトの成功体験

――苦境にある企業を再生するというのはオファーの前提だったと思いますが、まったくの業界未経験という点に不安はありませんでしたか?

私は松下電器産業を退職後、外資系の戦略コンサルティングファームで経営コンサルタントとして勤務していました。そこで印象的だったのが、先輩たちが経験のない業界であっても、経営課題を的確に捉え、解決へと導いていく姿。私はその中で、「専門的なバックグラウンドがなくても、共通のメソッドと強固なロジックがあれば本質を見抜ける」ということを学びました。

――なるほど、勉強になります。

かつてIBMを再生させたルイス・ガースナー氏が、ビスケットメーカーのナビスコ出身であったように、企業変革には普遍的な方法論が存在すると考えています。経営者としての私の役割は、現場のプロフェッショナルが持つ専門性を最大限に引き出し、組織全体の方向性を揃えることです。困難な状況に飛び込み、新しい価値を生み出していく。そのプロセスそのものが、私の性分に合っているのだと思います。

――業界知識よりも、コンサルファームで培った経営の型を見極める力が重要であると。すごく共感を覚えます。田中さんが池部楽器店で最初に取り組まれたことは何でしたか?

入社後、比較的早い段階で事業計画の策定に着手しました。当時は経営体制の移行期にあり、金融機関に対して十分な説明資料が整っていない状況でした。まずは現状を迅速に把握し、課題を整理したうえで融資継続に向けた事業計画を策定。金融機関へ説明を行いました。

次に着手したのは、不採算事業の見直しです。当時の池部楽器店には主力である楽器販売事業に加え、練習スタジオやライブハウス、バーなどを運営する部門がありました。将来の成長を見据えて立ち上げられたものでしたが、収益面での改善が必要な状況であったために事業ポートフォリオの再整理を進めました。

――その直後にコロナ禍となり、店舗ビジネスは大打撃だったと思います。しかし、池部楽器店はむしろこの時期に大きく成長していますね。

実は入社当初から、イケベの課題の一つはIT領域にあると認識していました。当時は自社ECサイトの基盤が十分とは言えず、デジタル領域では楽天やYahoo!といった外部モールへの依存度が高い状況で。ただ、外部モールは手数料面の制約に加え、自社ブランドの顧客基盤を直接構築しにくい側面もあります。そこで、自社EC(電子商取引・オンライン販売)の強化に向けた取り組みを進めていきました。

――当時、自社ECサイトはどの程度機能していたのでしょうか?

ECサイト自体はありましたが、「自社ECは店舗の売上と競合するもの」という認識があり、十分に活用されているとは言えない状況でした。その後、店舗ビジネスが大きな影響を受ける中で「安定的に売上を創出できるチャネル」として、自社ECの重要性が徐々に認識されていきました。

――第一に、デジタル基盤を作り直す必要があったわけですね。

はい。そこで外部からITと小売のバックグラウンドを持つスタッフのキャリア採用を進め、社内に業務基盤改革部門と情報システム部門を立ち上げました。そしてECサイトのプラットフォーム刷新、ユーザーインターフェース改善を進めると同時に、会員制度やロイヤリティプログラムを導入し、Webと店舗の双方で一貫したサービスを提供できるオムニチャネルの仕組みを構築しました。

――新たにITの専門人材を迎えるとなると、社内の反発もありそうですが……。

「楽器を知らない人に何ができるのか」といった声は実際にありました。ただ、コロナ禍で店舗売上が大きな影響を受ける一方、ECサイトからの売上は大きく伸長したという事実があります。自社のECチャネルにこれまでにない勢いで注文が入る状況を目の当たりにする中で、ベテラン社員の間でもITの重要性が徐々に共有されていったわけです。この成功体験が、社内にあった意識の壁を乗り越えるきっかけになったと感じています。

リブランディングは「カナデルチカラ」を基盤にした組織のアップデート

――「カナデルチカラプロジェクト」は、池部楽器店のパーパスを象徴する取り組みですよね。どのような背景から生まれたのでしょうか?

コロナ禍の中、多くの人々が自宅で不安を抱えながら過ごしていました。そうした状況で世界中のミュージシャンが自宅から演奏を配信し、人々に寄り添う姿を目にした時、あらためて実感したんです。「音楽は人にとって不可欠なものであり、心の健康を支える力がある」と。

この音楽が持つ力を、私たちは「カナデルチカラ(奏でる力)」という言葉で定義しました。単に楽器という製品を提供するだけでなく、音楽を通じて人々に前向きな価値を届け、社会を豊かにしていくこと。これがイケベの存在意義、すなわちパーパスであると位置づけました。

――具体的には、どのような取り組みをされているのですか?

著名アーティストによるメッセージムービーの制作・配信や、無観客ライブの開催・配信、楽器の購入を通じた被災地支援のチャリティ活動などを行ってきました。また、企業内の音楽同好会や、学生の軽音楽部の活動を支援するプロジェクトも展開しています。業務以外のつながりを、音楽を通じて生み出すことで、メンタルヘルスの向上や社内コミュニケーションの活性化に貢献したいという想いからです 。

加えて、脳科学の第一人者である瀧靖之先生(東北大学加齢医学研究所 臨床加齢医学研究分野 教授)との共同研究を実施し、「楽器演奏が子どもやシニアの脳にどのような影響を与えるのか」というエビデンスを作るアプローチにも取り組み、2025年4月に共同研究成果を発表するに至りました。これは単なる精神論ではなく、論理的・科学的に「人生に音楽が必要である」ということを示したいという考えからです。この思いが、私たちのリブランディングの根幹にあります。

――創業50周年を機に、リブランディングを実施されました。歴史のあるブランドを変えていくのは、難しい挑戦だったのではないでしょうか。

私の入社当初、池部楽器店では社是やクレド、バリューといった共通の指針が明確には定義されていませんでした。象徴的だったのは、ロゴの運用も統一されていなかった点です。池部楽器店は、ベース専門店やギター専門店などの専門店モデルの集合体として成長してきましたが、各店が「グランディ&ジャングル」「ベースコレクション」「ドラムステーション」といった独自の屋号を掲げており、外部から見た際にブランドの一体感が伝わりにくい側面がありました。

情報が溢れる現代において、ブランドの分散は認知の観点で不利に働く可能性があります。お客様に選ばれ続けるためには、イケベという一つの旗印のもとで結束する「One IKEBE」への転換が必要だと考えました。

1975年にオープンした池部楽器店の一号店(現・ロックハウスイケベ池袋店)

「イケシブ(IKEBE SHIBUYA)」1Fに位置するワールドペダルパークは、「公園」のような体験型ストア

――リブランディングを進めるうえで、最も重視したポイントは何だったのでしょうか?

徹底して社員の声に耳を傾けることです。外部から来た立場で一方的にブランドアイデンティティを定めるのではなく、長年現場を支えてきた社員に対してインタビューやワークショップを実施し、その中にある「イケベらしさ」を丁寧に言語化していきました。

当初は戸惑いの声もありましたが、本部機能の強化やIT化、マーケティング体制の整備を進める中で現場の負担が軽減され、また業績面でも成果が見え始めたことで、徐々に信頼関係が築かれていきました。

そうした中で、フロアスタッフが持つ楽器への深い知識と経験と、外部から参画した異業種出身メンバーのデジタルや戦略のスキルが結びつき、現場の強みを生かしながら会社全体の推進力が高まっていきました。だからこそ、池部楽器店は次のステージへと進んでいけたのだと考えています。

リブランディングを機にアップデートされたコーポレートロゴ

――50周年を機に「100億宣言」をされています。この目標にはどのような意味が込められているのでしょうか。

「100億宣言」とは、中小規模の企業が売上高100億円という成長目標を掲げて具体的な取り組みを対外的に示すことで、国がその挑戦を支援する中小企業庁主導の取り組みです。私たちも、これまで長年達成できていなかった売上高100億円の壁を突破することを明確な目標として掲げました。

これは単なる数字の追求ではありません。私たちが社会に「カナデルチカラ」を発信し続け、持続的に成長していくための、全社員に向けた決意表明だと位置づけています。

――売上100億円をクリアするために、どのような戦略を立てているのでしょうか?

これまでの延長線上ではなく、「3本柱」のビジネスモデルが必要だと考えています。一つ目は、新品楽器販売の深化。池部楽器店の強みである軽音楽器(LM楽器)のラインナップと接客力を、さらに磨き上げていきます。二つ目は、中古・リユース事業の確立。楽器は使い捨てるものではなく、循環していくものだと捉えています。新品販売に加え、買取からメンテナンス、再販売までのサイクルを構築することで、環境負荷に配慮しつつ収益の安定化を図ります。

そして三つ目は、エンターテインメント領域の拡張。いわゆる音楽教室にとどまらず、ライブやワークショップを通じて「仲間と音楽を楽しむ体験」を提供する場として位置づけています。こうした取り組みの根底にあるのは、「仲間と音楽を楽しむ」という価値観です。「仲間がいるから輝ける」「仲間がいるからもっと楽しい」が、イケベの流儀なのです。

またデジタル領域では、音楽サブスクリプション型サービス「Ikebe PRIME(イケベプライム)」への投資を進め、場所を問わずイケベのコンテンツやサービスを楽しめる環境の整備にも取り組んでいます。

――楽器店がサブスクを提供するというのは、珍しい取り組みですよね。

これは、お客様に購入後の「楽しさ」を継続してもらうための仕組みです。限定動画の配信やイベントへの優先招待、修理費用の優待などを組み合わせています。少し強い言い方かもしれませんが、私たちが提供しているのは「楽器」という製品そのものではなく、「楽器を通じて得られる体験価値」だと考えています。

――コロナを経て、リアルとオンラインの両方で音楽を楽しむ時代になりました。池部楽器店はどんな存在になっていきたいと考えていますか?

イケベが持つポテンシャルは、まだこんなものではないと感じています。創業者が築いてきた専門性を基盤に、ブランディングとテクノロジーを積み重ねていくこと。そして何より重要なのは、社員一人ひとりが「ROCK THE FUTURE. 未来を揺さぶろう」というスローガンを体現する存在であることです。

50年という歴史を誇りにしつつ、常に「初日」の気持ちで、これからも音楽の可能性に挑戦し続けていきたいと考えています。

――今日お話を伺って、池部楽器店が単なる「楽器販売店」ではなく、「音楽体験を提供する会社」へと進化している理由がよく理解できました。田中さんの情熱の源泉に触れ、私も経営者として、そして一人の音楽愛好家・楽器好きとして非常に刺激を受けました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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C-NAPS(シナプス)を運営するファングリーの代表・松岡がコンテンツ界隈の方たちをゲストに迎え、「ここだけの話」を掘り下げるインタビュー企画です。

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