Interview
# 43
三菱地所・サイモン株式会社
デジタル戦略部
柿崎 一則(かきざき・かずのり)
コンテンツプロデュースカンパニーとして、企業のコンテンツマーケティングやブランディング活動を伴走支援する株式会社ファングリーの代表・松岡でございます。
「コンテンツ界隈ここだけの話」第43話のゲストは、全国10地域で大型商業施設「プレミアム・アウトレット」を展開する三菱地所・サイモン株式会社のデジタル戦略部長の柿崎一則さんです。
2000年代初頭の新規開業、そして2010年代の既存施設の増設というハード面での成長から、顧客との関係深化というソフト面での成長へと舵を切ったプレミアム・アウトレット。2024年に新設されたデジタル戦略部は、同社の次なるステージに向けて単なるIT化ではなく「人を中心に据えたデジタル化」を掲げています。そんな変革を主導するキーマンに、独自の顧客理解サイクルやデータサイエンス、ブランドメッセージに込められた思いなどを詳しくお聞きしました。
三菱地所・サイモン株式会社
デジタル戦略部
柿崎 一則(かきざき・かずのり)
2008年入社。あみプレミアム・アウトレットの開業業務に副支配人として携わった後、2011年4月マーケティング部、2013年に新設された経営企画部に異動。経営企画部では、当社初の中期経営計画を策定し、御殿場プレミアム・アウトレット内へのホテル誘致、インバウンド集客の高度化などを担う。その後2016年国交省航空局、2018年三菱地所㈱への出向を経て、2020年マーケティング部長、2024年4月より現職。プレミアム・アウトレットのデジタル戦略を統括するとともに、CX領域では当社独自の運営モデル「CUBIC」により、顧客理解を起点とした顧客価値への作用に取り組んでいる。

――本日はよろしくお願いします。柿崎さんはデジタル戦略部を率いる立場ですが、過去には国交省へ出向し空港民営化プロジェクトに携わるなど、マクロな事業運営を経験されたユニークな経歴をお持ちですね。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。まず、私の経歴をざっとお伝えしますね。2008年に三菱地所・サイモンへ入社し、翌2009年にあみプレミアム・アウトレットの開業準備室に配属されました。そこで副支配人を務め、2011年3月に起きた東日本大震災の対応などを経験した後、4月に本社のマーケティング部へ異動しました。その後、2013年に新設された経営企画部を経て、2016年の夏から2年間、国土交通省の航空局に出向しています。
――なぜまた、航空局に出向することになったのでしょうか?
当時、国が進めている空港民営化プロジェクトに参画しました。空港民営化は、別々に運営されていた滑走路とターミナルビルを一体的に運営することで、より柔軟な路線誘致や空港経営を可能にする取り組みです。
その中で、ターミナルビルの商業機能を含めた空港全体の価値向上を考える上で、商業施設運営の経験が活かせることから参画しました。実際には、ビルだけでなく滑走路などの空港設備の確認など幅広く担当させてもらいました。
――そこから再び御社に戻り、デジタル戦略部を立ち上げられたわけですね。
ええ、2018年の夏に三菱地所の商業施設運営事業部に出向し、2020年、まさにコロナ禍のタイミングで再び三菱地所・サイモンのマーケティング部へと戻ってきました。そして、2024年4月に新設されたデジタル戦略部へ異動して現在に至る、というのが私のキャリアです。これまで当社内で立ちあがった新しい部署を2回経験したことになりますね。
――柿崎さんが所属するデジタル戦略部の設立には、どのような背景があったのでしょうか? 御社は2000年代に「御殿場」や「りんくう」など、各所でプレミアム・アウトレットを新規開業し、2010年代は既存施設の増設という形で事業を成長させていますが、このあたりの時代は市場環境の変化も大きかったのでは?
おっしゃる通りです。2000年代から2010年代にかけてのいわゆる「成長ドライバー」は、ハード面への投資でした。以降は人口減少や消費行動の変化、とくにコロナ禍を経て「お客様との関係をいかに深めていくか」というソフト面での成長が重要になってきたんです。
一方、社内のIT環境という点では、紙のドキュメント管理や印鑑での契約手続きといった物理的な対応が残っていたり、レガシー化したオンプレミスのサーバー環境を使っていたりと、単純にデジタル化が遅れているという課題がありました。そこで、業務効率化を進めてお客様と向き合う時間を確保すること、そして顧客理解の高度化を後押しすることを目的として設立されたのがデジタル戦略部です。
――なるほど。「デジタル戦略部」という名称ですが、純粋なシステム開発やDX推進の専門部隊というわけではなさそうですね。
そうなんです。おっしゃる通りで、そこはとくに強調したいポイントです。この部署には、SIer出身のエンジニアやデジタルの専門家がいるわけではありません。メンバーは私を含めて計7名、うち3名が新卒入社のメンバーですが、プレミアム・アウトレットの事業を理解している社員だけで構成されています。私がトップにいて、プロジェクトごとにリーダーを置く「文鎮型」の組織スタイルです。

デジタル戦略部のメンバー
――あえて専門家を置かず、現場を深く理解しているメンバーを集めている。「テクノロジーありき」にしないための組織づくりですね。
契約管理のデジタル化やストレージのクラウド化などデジタルによる業務効率化は、約1年で進めました。ただ、我々が目指しているのは、単なる効率化ではありません。そこで生み出した時間を使ってお客様への理解を深め、 人を中心に据えたデジタル化を実現することです。

――貴社は「買い物が、思い出になる。」というブランドメッセージを掲げています。このコピーをプロデュースしたのは、柿崎さんだそうですね。
はい。私がマーケティング部に戻ってきたコロナ禍のタイミングで策定しました。このブランドメッセージを考えた当時、「ECは競合か、否か」といった議論があったんです。結論として、我々はECを直接的な「競合」とは認識していません。ECは時間や場所を問わず買い物ができる利便性がありますが、一方で商品をクリックして購入し、その体験が思い出として残ることはそれほど多くないように思います。
――確かに利便性は高いですが、感情的なフックや記憶に残る体験としては弱いです。
我々には、プレミアム・アウトレットというリアルな「場」を持っているという圧倒的な強みがあります。施設に来場してくださった方が誰とどう過ごしたのかを含めて、買い物がイベントになり思い出になる。我々は、ただショッピングセンターという「場」を提供しているわけではありません。そこで皆さんに「価値ある時間」をすごしていただくための空間を提供しているというビジョンです。
――とはいえ昨今は「タイパ」至上主義です。移動時間を伴う御社の施設はタイパの対極にありますが、この逆風下においてリアルな場の価値をどう担保しているのでしょうか?
お客様の時間に対する意識は、間違いなく高まっています。プレミアム・アウトレットには遠方からいらっしゃるお客様も多く、移動を含めて「時間消費型」の施設です。だからこそ、いいものをお得に買えるだけでなく、施設での滞在時間をいかに豊かなものにできるかが重要だと考えています。
――具体的にどのような施策で体験価値を高めているのですか?
デジタル施策としては、店頭在庫検索サービス「Stock Finder」を提供しています。これは、来場前に商品を探して計画を立てていただき、来場中に目的の店舗へスムーズにアクセスできるようにするサービスです。デジタルで利便性を高めてストレスや不便を減らし、浮いた時間をリアルショッピングならではの「思いがけない発見」や「楽しい体験」に使っていただきたいと考えています。

――事前にいただいた資料の中にあった「CUBIC」モデルは、まさに「顧客起点」を体現する興味深いスキームでした。具体的にどのような考え方で運用されているのでしょうか?
CUBIC(キュービック)は当社で作った造語ですが、「Customer Understanding Based Initiative Cycle」の略称で、「顧客理解にもとづく顧客価値への作用と改善のサイクル」という意味です。
我々が運営しているのは商業施設なので「お客様起点」というのは当たり前の話なのですが、日々の業務に追われていると、販促施策などがどうしても「企画ありき」や「自社視点」の意思決定になりがちです。そこをもう一度、お客様目線で物事を捉え直そうということで定義し、今年度から全社で本格的に展開し始めました。具体的には、「顧客理解」「顧客価値への作用」「検証」「改善」という4つのステージが運営の基盤(OS)として機能しています。
――プレミアム・アウトレット独自のアプリ決済サービス「PO PAY」と「CXMシステム」を活用されていると伺いましたが、この2つをどう連携し、顧客理解の解像度を上げているのですか?
PO PAYでは、「何を買ったか」「どれくらい来場したか」というお客様の定量的な“行動データ”を可視化できます。一方のCXMシステムは、「どう感じたか」「なぜまた来たいと思ったか」といった“価値認識(定性データ)”を可視化できるツールです。この両方を掛け合わせることで、お客様の行動と評価を立体的につなげています。
――アンケートも工夫されているそうですね。オンラインとオフラインで取得経路を分け、NPSの計測に活用されているとか。
PO PAYで購入されたお客様には、翌日にオンラインでアンケートを配信しています。オンラインは回答のブレが少なく、NPS(ネット・プロモーター・スコア)の目標管理用として見ているんです。
それとは別に、施設内でスマホから回答いただくアンケートもあります。こちらのアンケートでは、「すごく良い接客を受けた」あるいは「不満があった」というように、感情の振れ幅が大きい際立った意見が集まりやすい傾向があります。そのため翌日配信するアンケートとは切り分けて、現場の具体的な施設改善のヒントとして活用しています。
――NPSに影響を与える指標として、「機能的価値」「情緒的価値」「体験的価値」という3つの顧客価値も定義されています。
はい。機能的価値は、価格や品揃え、施設の美観やトイレの清掃状態。情緒的価値は、共用部スタッフの全体印象や、警備・誘導スタッフの対応などのワクワク感。そして体験的価値は、イベント体験や商品との出会いなど滞在の質に関わる部分です。これまでの取り組みで、NPSにもっとも影響するのは「体験的価値」であることが確認できています。さらに、情緒的価値が機能的価値を補完し、それが体験的価値につながるという関係性も明らかになっています。
――そういった情報や知見を、現場レベルの意思決定にどう落とし込んでいるのでしょうか?
当社では「CUBIC年間計画シート」というフォーマットを今年度から導入しました。よくある販促計画ではシーズナルイベントを中心に月ごとに企画を並べるケースが多いと思いますが、我々のシートは表側に「ターゲット」を置き、ターゲットごとに施策を実施月に落とし込みます。これは、ターゲットを起点に年間を通じてそのお客様とどう関係性を深めていくか、つまり1回ぽっきりの点ではなく「線」で施策を考えるための意識付けです。

――MA(マーケティングオートメーション)ツールも活用されているそうですね。PO PAYと連動した取り組みなどはどう機能しているのですか?
お客様がプレミアム・アウトレットに来場される頻度は「年に2〜3回程度」というケースが多く、1回の接点が非常に重要です。そこで、PO PAYで決済していただいた瞬間に、その方の購買履歴や施設での滞在時間などのデータにもとづいて「この店舗で買い物をされたなら、次はこちらの店舗はいかがですか?」といったオファーを出し分けています。「1対n」のコミュニケーションではありますが、その日の来場体験の満足度を高め、次の来場の第一歩にしていただくためのアプローチです。
――BtoB、つまり出店しているテナントに対してはどうですか? ブランド側も自社EC等で売上を作れる中、プレミアム・アウトレットに出店し続ける必然性をどう提示しているのでしょうか?
テナント様とのコミュニケーションは、非常に重要だと考えています。各ブランドは自店舗内での顧客動向を把握していますし、自社ECでの売上に結び付ける「刈り取り」も可能です。だからこそ、我々は「プレミアム・アウトレットに出店する価値」を示さなければなりません。そこで今準備しているのが、「買わなかったお客様の行動分析」です。
――確かに、テナント側は「自店舗に入ったが買わず、その後別の店で何を買ったか」までは絶対にトラッキングできませんよね。
そうなんです。「施設に来て、あなたの店舗に入ったけれど買って行かなかった人たちはこういう層で、その人たちは別のこういう店舗でこんな商品を買いましたよ」というデータは、我々にしか取れません。これを我々が分析できる粒度で、かつ安定的に取れるように準備を整えているところです。この実現によって非常に価値のあるデータをテナント様へご提供できるので、「プレミアム・アウトレットの情報の出し方が変わったね」と思っていただけるはずです。
――社内への浸透はハードルが高い部分だと思います。
そこが一番の課題ですね(笑)。社内の業務効率化という観点ではAIも導入しており、当社社員には販促プロモーションの検討や課題解決の情報収集などで使ってもらっています。さらに、セール情報をアウトプットする際の多言語翻訳など、業務フローの中にAIエージェントを組み込むことも徐々に始めています。ただ、せっかくデータが揃っても、最終的に施策に落とし込むのはやはり「人」なんですよね。
――「人」の意識改革として、具体的に取り組んでいることはありますか?
今年(2026年)7月22日に、「CUBICサミット」という社内イベントを実施しました。PO PAYの利用状況を共有するとともに、CXMを先行導入している御殿場、佐野、土岐、ふかや花園の4つのセンターの担当者に来てもらい、CXMの分析結果を踏まえた自施設でのアクションプランを発表してもらいました。単なる社内向けの報告ではなく、「本社にはこういう支援をしてほしい」「この仕組みを改善してほしい」といった提言も交えて意見交換を行いました。オンラインとオフラインを合わせて100人を超える社員が集まり、社長も同席しました。
――経営も巻き込み、 現場と本社がデータを共通言語にして対話する場を作ったわけですね。
データを集約しているのは我々ですが、最終的なタッチポイントの改善は現場のスタッフが担います。だからこそお客様の声を全社員がしっかり見なければならないという意識付けが必要です。来年度からは、施設の運営計画の中にNPSのスコアなどを目標として組み込むような議論も進めており、施設の評価にもつながっていく形にしていきたいと考えています。
――最後になりますが、柿崎さんご自身の個人的な関心事や、今後の展望についてお聞かせください。
個人的な話でいうと、最近、座禅に行きまして(笑)。
――座禅ですか(笑)。
ずっと仕事ばかりしていると考え疲れてしまうので、リラックスできるかなと思って行ってみたのですが、そこで「理想の自分になんかなれるわけがない」というすごい教えを受けたんですよね。理想の自分というのは常に動いていってしまうので、なろうとしてもなれないのだと。「努力をする必要がない」という意味ではないそうですが、確かにそうだなと思う反面、そんな寂しいことでいいのかななどと逆にいろいろ考えてしまいました(笑)。
――深い気づきですね。今後のご自身のキャリアやデジタル戦略部の未来はどう描かれていますか?
本音を言えば、私自身の立ち位置を変えていきたい、という気持ちがあります(笑)。こういう新しい概念や文化を組織に浸透させていく取り組みは、ものすごいカロリーを消費しますが、自分自身の経験にもなるので。現在、各プロジェクトのリーダーはデジタル戦略部のメンバーに任せており、私は打ち合わせの場で自分がどういう意図で話しているのかを肌で感じてもらうようにしています。少数精鋭ですが、彼らがきっと将来の事業の成長へとつなげていってくれるだろうと、そう思っています。
──「思い出」という無形の体験コンテンツを生み出すため、データで顧客の解像度を上げ、現場の泥臭い意識改革で実行を担保する。プレミアム・アウトレットほどの規模になると、まさに言うは易く行うは難し、だと思います。
私自身、御殿場や仙台泉、ふかや花園のアウトレットを利用したことがあります。今まさに進められているデジタル戦略が、どのような新たな体験価値をもたらすのか。ひとりのユーザーとしても注目させていただきます。本日は生々しく本質的なお話をありがとうございました。

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